シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
どうしても派閥に入らなければならぬというのなら、私は猫派です(笑)。昨日2/22は猫の日でした!しかし今我が家には猫がいません。これまで飼った猫は数知れずなのですが、珍しく私としては猫のいない生活を送っています。
実家が福島だった時には猫もいて、先代の犬さくらは、猫と仲良しでした。

で、犬の日は11/1。昭和62年に制定されたそうです。猫の日とセットで考えれば、1/11がいいと思うけど11/1になったんですねえ。

この日には特別何もしなかったし、猫の日に自分の猫の写真をアップできない悔しさまぎれに(笑)とりあえずモモ子の写真を撮ってアップします。ほとんど寝ているので、猫とあまり変わらないっちゃ変わらないですが、やはり犬と猫、習性の違いってたくさんありますよね。

いずれはまた、犬猫両方飼いたいです。
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ここに写る、私、一人の女性、そして私の母は全員福島の「桜の聖母学院高校」出身、つまりプチ同窓会です(笑)。
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会うのは実に27年ぶり(多分)!私の幼馴染で高校と大学の後輩Graceが家に来訪しました!千葉へ出張の際に寄ってくれたのです。
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知人に英語の名前を付けるマイブームは、実は遺伝です(笑)。父が英会話学校を経営していた約15年間、生徒に英語の名前を付けてそれで呼び合うようになっており、大人になった今でも、その生徒さんは父が付けた英語名で呼んでいるんです。

彼女も父の英語塾に長年通った生徒さんでもあって、Grace(グレイス)と名付けられてからはもうずっと私達の中ではGrace。卒業生と私達一家が会うと、必ず英語名。こういう卒業生、福島にたくさんいます(爆)。
以前他の卒業生と私達家族が久しぶりに再会して、やっぱり英語名で呼んだら、「自分をその名前で呼ぶ人は水野谷家(うち)しかないが、やっぱりこれしかない(笑)。」と言っていました。

で、彼女は私の一つ下で、お互いが中1と中2の時に父が企画した塾の夏の旅行で一緒にオーストラリアに行きました。あれは本当に強烈な思い出で今も鮮明に覚えているのだけど、Graceもそうでした。
そして私の彼女も同じ高校、桜の聖母学院へ。そんでもってまた同じ大学、上智大学へ。彼女が、私を追って同じルートを辿っていた(もちろん学歴は周知だが気持ちの上で)ということを今日初めて知り、体育で留年になりかけた、学業を忘れ音楽ばっかりやっていたこんなスチャラカ先輩を追いかけてくれていたなんてむしろ恐縮・・・

オーストラリアでの爆笑思い出を話したり、それぞれのこれまでの出来事を話したり、何しろ27年ぶり(両親は30年以上ぶり)の再会ですから話は尽きず、終電まで盛り上がりました。

今米沢にご家族と住んでいるとのことで、米沢牛のビーフカレーと、職場で開発中のお菓子のプレゼントをいただきました。山形名物が色々と織り込まれているお菓子です。あんなに子供だった私達が、もう44歳と45歳!Graceは二児の母!アンビリバボー!
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山形弁、福島弁の話、そして私達は東京に出てきた頃訛っていたので、それを修正するまでのプロセスなどの話もとても面白かったです。
私は18歳の時、「いぢがや(市ヶ谷)へはどうやって行ぐんですか」と駅員さんに言ったら通じなくて、「市ヶ谷」のアクセントが違っていると駅員さんに教えてもらった経験があります。少しずつ方言が抜けていったけど、今は関東・福島、切り替えればどっちでもOK!っていう状況になったもんです。

少し前にお父様を亡くされたとのことを知り、涙涙の時もありました。こうやってお互いに元気で再会できることを本当に嬉しく思います。
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水木ノアの、不思議な家。

実家の2Fにいます。隣の部屋から父が歌う「You are my destiny」が、1Fからは母の詩吟が聴こえています。どっちも全力。そして歌手の私は今日歌う用事がない(爆)。

実際の音で検証。ご確認ください(笑)。廊下に出るとやけに騒がしい、まるでカラオケボックスのノア実家(笑)。
右の部屋からはポールアンカのYou are my destiny、下から詩吟。


まあ、なんていうか、どうでもよいお知らせです(笑)。

バレンタインデーイズゴーン!とか叫んでチロルチョコを渡した。間違っていたらガーン!
通じていたからOK、とにかく言ってみる!をモットーに頑張っているノアです。喜んでくれたので嬉しかったです。

今日はまた久しぶりにKen先生に会い進捗状況のご報告と今後の計画の話。自分が話すときはまだまだ一生懸命だが、先生が話している時の私の理解してる風と、ちょっとした私の応答のシーンだけを見た人がいたら、普通に英語わかってる人的な雰囲気(笑)。理解はできるのだが、思ったことを言えない。

雰囲気大事ですからな!(爆)もう英語わかってる人を先に演じちゃうのだ。それが宇宙を動かす。
とっても楽しかったです♪
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1月16日に「心理セラピーで英語が上達する 体験セミナー」に参加したことを書きましたが、あの日から2週間、オプションで付いているKen先生の英語レッスンを続け、今日は最終日でKen先生の広尾のオフィスに伺って2週間ぶりにお会いしてきました!
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セラピーの日のブログはこちら
【心理セラピーで英語が上達する体験セミナー】に参加してきました!
http://noasong.blog61.fc2.com/blog-entry-3382.html
もともとお聞きしていたフルパッケージのレッスンを今後継続することは難しいのでそれを事前にお伝えしておき、今日は今後の相談でした。そして私が続けられるレッスン方法を先生に提案していただき、方法が決まりました。

今日から12月31日までの約9ヶ月間、本格的にKen先生と英会話を勉強することを約束しました。毎日1時間のレッスンを必ずやり、それを日記につけて、3ヶ月に一度先生のオフィスで私の上達度をチェックします。

たった2週間だったのに、毎日先生とテレビ電話で決まった時間に話すということをやっていたら、高校時代の頃の会話レベルに少し近づいたんです(実は高校の頃の方が喋れていたっていう私(笑))。

初めてのセミナー参加日、数人の参加者と先生と3時間英語を話し、その次の日から平日の朝、先生とテレビ電話で4分トーク。途中2回は30分のトークも入りました。そしてグループLINEに入れてもらって、日々英語でのやり取りを読み、ZOOMやfluentUなどネット環境を整えてもらいそれを利用しての勉強。
どーしても英語で言えない時は、先生が日本語をわかっているのでチラッと助け舟を出してくれたりするので、長時間会話が止まらずトークすることができました。

このセミナーへの参加費5,000円をお支払いしましたが、それでここまで英語に触れることが出来たので、本当に感謝、このチャンスを逃したら私は一生英語が喋れるようにはならないぞっ! なんとしてでもこの出会いのご縁を無駄にしないよう考えつつ先生に会いに行きました。
私がこれからやろうとしていることと、それには英語が必要だということを伝え、だがしかし!フルパッケージをやる経済力が今はない!どうすればいいのだ!ということを一生懸命伝えました(爆)。

Ken先生は本当に、各々の生徒の事情を考慮し一番良い方法を提案してくれます。本当に感謝します。
レッスンが終わった12月の末には、英語で録画したビデオメッセージをタイムラインにアップしたいと思います。

私がくじけそうになっていたら、ガンガン叱ってください。
よろしくお願いします。
I will never give up.

先日私の「知人に英語名を勝手につける」マイブームにより、「アビゲイル」を命名させていただいた、シンガーのゆりちゃんと、銀座で会いました♪
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「ゴシックロリータ、少し影のある謎の雰囲気を醸し出す、永遠の美少女」という勝手なイメージを持っている(笑)アビゲイルという名前を気に入ってくれたゆりちゃんが、それらしいファッションで登場!
私はゆりちゃんに会うなり思わず「かわいいーー!ゆりちゃんきれいーーー!アビゲイルー!」と大きな声を出してしまいました(≧∀≦)
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銀座で、ピアノ弾き語りの仕事を同じお店で10年も続けているゆりちゃん。衣装の用意も大変です。お手頃価格で衣装にできるお店を教えたり、ゆりちゃんの驚くべき若さの話で盛り上がったり。
そして、この若さを保っているゆりちゃんの一つのアイテムとして、ブルガリアのダマスクローズウォーターがあります。

先ほどモイスティーヌの記事を書きましたが、このローズウォーターも、ゆりちゃんに教えてもらって使用を続けているものの一つ。
モイスティーヌは夜寝る前のお手入れでしっかり使い、朝メイク前や、出かけない日はこちらのローズウォーターも使用しています。そしてボディーローションとしても。これを定期的にゆりちゃんから購入しているんです。
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そして会う度、心霊やUFOの話をします(笑)。

薔薇の香りが素晴らしく、パラベンなども不使用、というか、成分はダマスクローズ花水だけ。
最近家族にも勧めていて、ガサガサだった顔や手がスベスベになっているようで嬉しいです。

ゆりちゃんの年齢を知らない人が知ったら、ほぼ全員がひっくり返るよ!
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ノーファンデーションになってから2年経ちました。モイスティーヌ渋谷サロンに月一通い、お手入れと購入を繰り返してきました。

普段の自分での手入れはどうしてもチマチマ使ってしまうため(笑)、がっつり手入れをする月一のサロンで肌状態を上げ、そこからまた一カ月維持、この繰り返しです。
最近はシミも明らかに減ってきたことがわかるようになり、2年経ってようやく、ファンデーションをしていないことによるメイク不足感もなくなってきました。

眉毛とアイメイク、リップのみなので、外出時のメイク時間は7〜8分です。
本当に楽になりました。ハリを取り戻すのにはあと半年くらいかなと思います。
取り戻すという意味は、肌体質を改善し、それが今後維持されるという意味で、老化による変化は誰しもあるにせよ、30代の時肌年齢が45歳だった私が、実年齢45歳で肌年齢30歳になったのだから、今の所老化はしていないと言えるのかもしれません。

「はっきりと、周囲の人にも変化がわかるほどの改善」を実感するにはどんなに素晴らしいものでも数ヶ月では難しい。しかし本当に良いものならば、一年諦めずに使い続ければ改善します。このメーカーにピンと来た私は、信じて使い続けました。2年、ようやくここまで立ち直った肌が、自分も信じられないくらいです。
逆に、例えばシミ、シワ、たるみ、ニキビ、クレーター、パリパリ乾燥、アトピーなど様々な肌トラブル、一年も使い続けて「現状維持」ではなく「改善」の兆しが見られないようであれば、改善のためにつけているのに意味はないですから、見切った方がいいと思います。

世の中にはほとんど水に近いものを、美容成分何十パーセント配合と謳って高額で販売しているメーカーもあります。しかしこのモイスティーヌだけではなく、本当に良いものであり、そしてその成分に見合った価格のものはあります。
私はモイスティーヌに出会って、これまで使っていた基礎化粧品とは、比較する気も失せたほどの改善をさせていただきました。

現状維持がほとんどで、「前より良くなる」基礎化粧品は、実はあまり多くありません。このメーカー一つではありませんが、私もその良いものの一つに出会うことができました。

私のアドバイザーの冠さん(左)と、タイミングが合えばお話して様々な知識をお話してくれる斎藤さんと、今年になり初の集合だったので写真を撮ってもらいました。
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自然に並んだら、綺麗な階段になりました(笑)。
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もちろん、モイスティーヌの方々は全員ノーファンデーションです。

伯父の葬儀に参列しました。

御見舞に行った時から葬儀の日まで、私は東京に上京した時の思い出、その後数年の間に東京人(みたいな人)に自分が変わっていくまでの時代を思い出していました。

私が18歳で上京した時、まだまだ東京はわからないから、親戚の近くが良いと皆で相談して、豊島区にある伯父夫妻の家の隣に新しく出来ていたアパートに入居しました。
東京都内で既に何度か行っている数少ない場所でもあったから、安心でしたし。大学に上がったばかりで、東京といえば上野駅と、修学旅行で行った皇居、そしてこの伯父宅くらいでした。

毎日のように行き来して東京生活の一番最初に本当にお世話になった伯父です。といっても当時伯父は51歳。とても活発に動き回っていた伯父を思い出します。
働き盛りでほとんど家におらず、伯母と、従姉二人と私の女達だけが集まっていた方が多かったかもしれません。

しかし大学は四ツ谷だから、西武池袋線から四ツ谷に通うのが遠く感じて、2年後の更新の時、自分で勝手に見つけた三鷹のアパートに引っ越しちゃったんです。今の私にはたいした距離でもなく、何処に住んでいてもいいと思うんですけれど、当時は東京に住んで2年たち、東京のこともよくわかってきて調子に乗ってきて、いっぱしに自立したつもりになっていたんでしょう。
四ツ谷に通うなら中央線だ!と思って、中央線沿いの物件を見つけたんですね。

余談ですがそこから私の中央線ライフは始まりました。

もしかしたら、2年で隣のアパートを出て引っ越しちゃったことを、寂しいと思っていたのではないかと思いました。
しかし関東の親戚で最も交流していた親戚だったので、引っ越してからも何度か遊びに行きました。金融の第一線で働きつつ休みの日もゴルフに行ったり忙しく動き回っているエリートサラリーマン、という印象の伯父でした。

78歳でした。本当にありがとう。上京してすぐ、伯父ちゃんと伯母ちゃんの隣に住まず、知らない土地で一人暮らしを始めていたら、もっとうまくやれなかったと思います。今なら、二年間伯父ちゃんと伯母ちゃんが隣にいたから、安心して東京に慣れるまでの二年間を過ごせたんだとわかります。

葬儀のためスケジュール調整にご協力いただいた皆様にも、この場を借りて皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。私も自分の一生を出来るだけのことをして生きたいと思います。