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歌手・ボイストレーナー・ボディセラピスト水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
シリーズ継続中の(笑)第二弾。

いかが12月8の投稿です。

ようやく、明晰夢レポ、書きたいと思います。といっても今はあの体験を「夢」で片付けられないと思っています。確かに「意識」がありました。そしてその「意識」がこれまで感じていたものとは違った形に変性しても、それを意識し続けられていました。
「これで以上」と私がわかった瞬間、その意識からいつもの意識に戻りました。同時に、背中に物理的なベッドの感触が戻ってきました。行って戻ってくるまでの(おそらく物理的ではなく意識の移動だと思いますが)経緯をお伝えしたいと思います。

まず、皆さん「第三の目」ってご存知?スピリチュアル用語ではよく出てくる「サード・アイ」ってやつです(単に英語に言い直しただけ(笑)😆)第三の目は松果体と言われています。どこにあって何でできていて、どうして退化したか、などなど検索すると情報が出てくるので、長くなるのでここは割愛させていただきます。

私は、ご存知の方もFBには多いですが、実は二足のわらじではなく正確に言うと三足のわらじで、10年ほど前から職業としての占い師をしています。物質的な話になりますが、月により、占い師の収入が一番多いこともありました。以前は歌と占いで生計を立て、数年前より、「人間の体」の理解を深めたい欲求にかられ、ボディセラピストを選びました。これはまだ勉強中の新米ですが、選んだ3つのこと全てが、単なる趣味ではなく実質的な仕事に繋がっているということそれ自体にも、感謝を忘れたことはありません。奇跡ではないかとさえ思います。あるいは、カンがいいのか(笑)。

その占いの依頼を受けて仕事をする際、今様々な音源が出ておりますから、ヘミシンクとか、波動を上げる音楽、開眼を促す音楽、などなど、非常にゆったりとした音楽をかけています。その中に、「第三の目を覚醒させる音楽」というものを見つけ、最近それを聞くようになっていたんですね。あ、youtubeです!(笑)

検索すると音楽自体は数限りなくあるのですが、その中でとても気に入った音楽(といってもメロディがあるわけではなく、広漠とした宇宙を表現しているような雰囲気で、ある一定の周波数が隠れているサウンドです)を毎日聴いていました。
ある日、鑑定の報告文を書いている時にふと、「このまま眠りについたら第三の目がなんか感じられるような気がするぅ」と思ったんです。どうしてだかは今はわかりません。もう感覚でしかないですね。きっかけも覚えていません。

で、実際にその日はベッドに入る前から、思い返せばトランス状態に近かったように思います。いつも普通に「さーて、寝よう」と思ってベッドに入る時の感覚とは違い、「横になったら何かが始まる」みたいな、ある種の「構え、心の準備」みたいなものがすでにありました。あのような感覚というのは、これまで生きてきて一度もありません。初です。それが、この体験を夢とは思わない一つの理由でもあります。寝る前から始まっていた。

そして横になりました。ここからです。いやいやびっくりしました。もう一度味わいたい。だけどもうどう頑張ったって、あの感覚を意図的に掴むことはもうできません。
その第三の目を意識するために、目を閉じたら、眉間に意識を集中し始めました。多分一旦は眠りについたのだと思います。しばらく無の状態があった感じがあり、気づいたら、「第三の目が開いていた」と言うのが近いだろうか。この部分でさえ、正確に表現するのは難しいです。
とにかく、まず「第三の目に意識を集中すべく普通に物理的に頑張っている自分」がいたことは確かです。そこからだんだんと感覚が変わっていった、のではなく、一旦意識がなくなり、戻ってきたら、状態がまるで変わっていた、という流れです。「横になって、ちょっとして、気づいたらもう宇宙(笑)」みたいなタイム感です。

変性してからの状態。私は物理的に目を閉じています。それを当然感じています。しかし不思議なことに、同時に、「はっきりと目を開いている」ことも感じられました。「開いている目」は、第三の目と呼ばれる眉間だったか?違いました。私の両目、そのものです。つまり、全くどこも違わない私の2つしかない本当の物理的な目が、閉じており、そして開いている、両方の感覚を同時に完璧に同じレベルで、感じているんです。

私は、自分の両目は閉じていながら(それも感覚として捉えていながら)、眉間にある何かでものを見るのだと思っていました。しかし実際に感じたのは、眉間になにかを感じるとか、何かがあることを知るとかではなく、自分の両目が、ぱっちりと、開いているんですよ、物理的には閉じているのに。うーん!言葉は制約が多すぎる。こういう感覚を表現する新表現はないものだろうか。「同時に全く逆のことを完璧に同じレベルで感じている」という表現にしておきます。

そこで、私は何をしたかというと!
目を開けたんです。物理的な肉体の自分の目を。部屋は暗い。周りの景色は見えました、ちゃんと。後で改めて別途書きますが、私は大人になってからも「不思議の国のアリス症候群」※の症状を時たま発するので、それの一種かとも思ったんです。新たな体験ではありましたが。しかし、物理的な目を開けても、一方の「目を閉じている」感覚は相変わらずあるので、何か「身を任せてみよう」と思い、もう一度目を閉じました。面白いんです。自分の目を閉じていれば、「同じ目」が開いている感覚も持つのに、自分の目を開けると、「同じ目」が閉じている感覚があるんです。もう、どれがどれだか(笑)。

私は冷静でした。不思議だなあと思います。多分、「これから感じる何かは、貴重なものである」とわかっていたんだと思います。
そして、物理的な目を一回開けたけどまた閉じて、しばらくこの「同時的真逆感覚現象」(造語)を楽しんだ後、ゆるやかに私は上昇していきました。

前置きでもかなり長いので、ここで一旦投稿します。続きは今日中なるか😅

※不思議の国のアリス症候群(ふしぎのくにのアリスしょうこうぐん、Alice in Wonderland syndrome、AIWS、アリス症候群)
知覚された外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常とは異なって感じられることを主症状とし、様々な主観的なイメージの変容を引き起こす症候群である。 この症候群の名前は、ルイス・キャロルの児童文学『不思議の国のアリス』で薬を飲んだアリスが大きくなったり小さくなったりするエピソードに因んで、1955年にイギリスの精神科医John Toddにより名付けられた。
典型的な症状は、眼に障害がなく外界が通常と同じように見えていると考えられるにもかかわらず、一方では主観的にそれらが通常よりも極めて小さな、または大きなものになったように感じられたり、ずっと遠く、あるいは近くにあるように感じられたりする。 例えば、子供が自分の母親が自分より小さくなったように感じたり、蚊が数十 cm もあるように見えたりする。 自分の体は逆にそれぞれ大きく、または小さくなったように思うこともある。 外界が小さく感じられるものを小視症、大きく感じられるものを大視症、ひずんで感じられるものを変視症と呼ぶ場合もあるが、これらの呼称は眼底疾患など視覚そのもの障害による症状においても用いられている。
この症状にはさまざまなバリエーションがある。大きさだけでなく色覚についても異常が起こることもあり、例えば自分の母親が緑色に見えたりする。また、この現象は視覚だけでなく時間の感覚に関して類似した現象が起こることもあり、時間の進み方が速くなったり遅くなったりしたように感じる人もいる。 空中を浮遊するような感覚も特徴とし、現実感の喪失や離人症状も現れることがある。 現象は数分で終わることが多いが、何日も継続する場合もある。
Wikipediaより
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