シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
こんなことを考えている昨今なので書いてみようと思いました。8/4のライブタイトルは「真夏の夜の夢のまた夢集会所」ですが、以降のライブ告知ではこんなに色々書きません、今考えていることがあり、こんな私がやるライブのタイトルが「真夏の夜の夢のまた夢」になりました。

そこそこの長文かつ雑文です。

「露とおち 露と消えにしわが身かな 難波のことも夢のまた夢」とは、豊臣秀吉が残した言葉です。豊臣秀吉といえば、天下統一し大阪城を作って、金銀財宝を手に入れ、日本中が自分の庭だと言った成功者です。日本ではいまだにビジネスでの成功書などによく、秀吉のストーリーが引用されますね。

当時の大阪城は、100万坪あったと言われています。ぴんと来ないので計算してみました。よく使われる例え、東京ドームは坪にすると28000坪ってことなので、ざっと3万坪とします。そうなると東京ドーム33個分くらい。やっぱりぴんと来ない(笑)。

それはさておき、望みのものはなんでも手中に収め、正室ねねの他側室は6人。家臣に金を配りまくり、金でも物でも人でも、欲しいものは全て手に入れました。
しかし生まれてから若いうちは貧乏な幼少時代を送った秀吉。織田信長に仕えるところから立身出世の道を模索し、武士の家系でもないのに日本人では知らない人がいない(世界でもかなり知られている)歴史に名を残す名武将になりました。お城をもらったのは37歳の時。これだけでも、私ならイエーイ!やったー!もう休もう。となりそう(^^;)


その後色々あって信長が本能寺で明智光秀に殺されました(諸説あり)。とにかく死んでしまった主君信長の仇を討ったあたりから、ついに、秀吉自身が天下統一への道へと進み始めます。信長の仇討ちの後、同じく信長の家臣だった柴田勝家と仲が悪くなって、戦争。そして勝利。戦争の原因は多分勝家の嫉妬ではないか。

そこから、大阪城の建設が始まりました。上記した100万坪の敷地を誇る大阪城が無事完成し、天下統一となります。この後の栄華というものは皆さんの知識にお任せするとして、こんな、一平民から天下統一まで成し遂げた日本の五本の指に入るであろう成功者が、人生の最期に残した言葉が、これです。
もう一度書きますが、「露とおち 露と消えにしわが身かな 難波のことも夢のまた夢」
難波は、大阪のことですね。

「振り返ると、朝露が消えるかのごとくあっという間の人生で、なんと儚いものであろう、私は何をしてきたのだろうか、とっても虚しく感じる。」というような意味です。
どんだけ権力や財産に恵まれても、全ての人に必ず平等に訪れる「この世を去る」ということ。これを実感した時に、今までの人生で手に入れたもののどれひとつも、持っていけないことを悟ったかのようです。

確かに、何を手に入れても、当時の人生約60年、今なら約80年(しかしその人生の全部でもない)という本当に短い間自分のものであっただけで、死んだら手放すものばかりです。
秀吉は権力を得てからは望みのものは何でも手に入れたけれど、その代わり、トイレや風呂、寝室など至るところに、いつ襲われても逃げ出せるように工夫を施し、徳川家康にはビビっていたので妹を嫁に行かせ、色々と気を遣っていました。戦々恐々の人生。神経休まることなく生きていただろうと思います。

そして最期に、これまで手に入れたものは全て儚いものだと言いました。これだけの成功を収めた秀吉が言うのでは、単なる「権力欲」「物欲」「金欲」などの達成だけでは、人生の最期に、「なんだかねえ」と感じるのかもしれません。

しかし秀吉がどんなことを人に対してしたか全てのことはわからないけれど、尊敬していた人も多かったはず。秀吉にはやはり何か人を惹き付けるものがあったからこそで、それがなければ秀吉をここまでにはしなかったでしょう(成功は、周囲の人の協力あってこそ)。

人生の目的とは何でしょうか?うーむこれは人によって様々だし、そもそも「目的はない」だったり、「生きることそのものが目的だから生まれた」という考えもあるので、その辺りの判断は皆さんそれぞれでしょう。
豊臣秀吉にとって天下統一が夢であったように、皆さんにも叶えたいものがあり、そして私も音楽はやりたいからやっているもので、誰かに言われてやっているものではありません。それでも、どこかで、本来の目的を忘れてしまっているかもしれないという時もあります。


そしてこちらは我欲の話。シェイクスピアの「真夏の夜の夢」では、私としては最も「人間の身勝手さ」を感じる部分が、冒頭の「娘の願いなどどうでもよく自分の望む男と結婚させようとする父親」です。言うことを聞かなければ死刑、というわけで、自分の望みに叶わない娘は殺す、ってすごい時代だなとか思いましたが、「自分の言うことを聞いてほしい」という我欲たるものが、いつでも人とのトラブルを起こす発端となっていることは、多くの人が気づいているでしょう。

このストーリーでは、魔法を使う妖精によって、娘、その本当の恋人、娘の友人、父親のいいなづけ4人がごっちゃごっちゃになり(詳細省略)最終的にもともとのカップルであった娘と恋人、そして新しく誕生した娘の友人と父親のいいなづけのカップルが誕生し、めでたしめでたしとなります。

昔は、親が決めた相手と、歯向かうことなく結婚した人も多かったしそういう文化がありました。当然秀吉の時代もそうですし、偉くなれば側室システムもあり、女同士の闘いたるや大変なものだったらしい。
時代は移り変わり、少なくとも先進国では結婚は一対一となっています。しかし時代が変わり価値観やシステムがどう変わろうとも、やはりトラブルや人の苦しみはなくなることはなく、そうなったらなったで問題が発生しています。

なぜ人は苦しむのだろう、あらゆるものを手に入れた秀吉も、「夢のまた夢」と言い残して逝ってしもた。我々平民にも夢与えてくれよ!と言いたいところだが(笑)、時代がどんなに移り変わっても、物欲はなくならず、むしろ貨幣というものが誕生して金の亡者も生まれました。
そして人は人に苦しめられています。そこは有史時代ほとんど進展していないように思います。
しかし「未知との遭遇」のラストに出てくるあの宇宙人達が、相手とのトラブルに悩んでいるようには到底見えない(笑)。

物欲が達成されてもいずれは死ぬ、我欲で行動しても人を敵にまわし嫌われる。こんなことを考えると、今自分がやっていることを、死んでも持っていくことは出来ないけれど、「それらをやることによって」良い人生だったと思え、素晴らしい人間関係を築き上げられたら私の人生は成功だし、できなかったことがあっても、あんまり問題はない。

今生きている皆さんの人生の中に、辛いなあ、思うようにいかないなあ、と思うようなことがありますか?「本当に素晴らしい人生とはなんだろう」ということを語り合い、シェイクスピアや豊臣秀吉に習う「人生の成功とはなんぞや」というものを考える人々の集会所を、近々開きたいと思っているわけです。

ということで「真夏の夜の夢」と秀吉の言葉の最後をくっつけて、「真夏の夜の夢のまた夢」。
トークライブやるんですか?いえ、こんだけ書いたのに当日はほとんど演奏です(爆)。

ライブ告知ですか?はい、そうです(笑)。
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