シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
伯父の葬儀に参列しました。

御見舞に行った時から葬儀の日まで、私は東京に上京した時の思い出、その後数年の間に東京人(みたいな人)に自分が変わっていくまでの時代を思い出していました。

私が18歳で上京した時、まだまだ東京はわからないから、親戚の近くが良いと皆で相談して、豊島区にある伯父夫妻の家の隣に新しく出来ていたアパートに入居しました。
東京都内で既に何度か行っている数少ない場所でもあったから、安心でしたし。大学に上がったばかりで、東京といえば上野駅と、修学旅行で行った皇居、そしてこの伯父宅くらいでした。

毎日のように行き来して東京生活の一番最初に本当にお世話になった伯父です。といっても当時伯父は51歳。とても活発に動き回っていた伯父を思い出します。
働き盛りでほとんど家におらず、伯母と、従姉二人と私の女達だけが集まっていた方が多かったかもしれません。

しかし大学は四ツ谷だから、西武池袋線から四ツ谷に通うのが遠く感じて、2年後の更新の時、自分で勝手に見つけた三鷹のアパートに引っ越しちゃったんです。今の私にはたいした距離でもなく、何処に住んでいてもいいと思うんですけれど、当時は東京に住んで2年たち、東京のこともよくわかってきて調子に乗ってきて、いっぱしに自立したつもりになっていたんでしょう。
四ツ谷に通うなら中央線だ!と思って、中央線沿いの物件を見つけたんですね。

余談ですがそこから私の中央線ライフは始まりました。

もしかしたら、2年で隣のアパートを出て引っ越しちゃったことを、寂しいと思っていたのではないかと思いました。
しかし関東の親戚で最も交流していた親戚だったので、引っ越してからも何度か遊びに行きました。金融の第一線で働きつつ休みの日もゴルフに行ったり忙しく動き回っているエリートサラリーマン、という印象の伯父でした。

78歳でした。本当にありがとう。上京してすぐ、伯父ちゃんと伯母ちゃんの隣に住まず、知らない土地で一人暮らしを始めていたら、もっとうまくやれなかったと思います。今なら、二年間伯父ちゃんと伯母ちゃんが隣にいたから、安心して東京に慣れるまでの二年間を過ごせたんだとわかります。

葬儀のためスケジュール調整にご協力いただいた皆様にも、この場を借りて皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。私も自分の一生を出来るだけのことをして生きたいと思います。
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