シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
今日は[山口敏太郎の日本大好き]収録をしてきました。なんと私の登場2ヶ月ぶり!「ノアさんやめたの?」というメールもいただいておりましたが、理由は。。。単に、日程が合わなかったんです。。。(^^;) それで2ヶ月ぶりに事務所に行きますと、ディレクターは早瀬さんに変わっており、内容も新しくなっていて久しぶりに関わると変化が大きいことに驚きました。毎月行っていれば驚きはそれほどでもなかったのだろうか??
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で、新コーナー案もたくさんいただいたようで、どうやら決まりつつある私用の新コーナー「ネット用語の基礎知識」。これを今日初めてやってみました。これは面白かったし全くわからなかった!

以前私が「ワクテカ」と書いてあったメールの意味がわからず返信ができなかった、というトークをした時に聞いてくれていたリスナーさんからのご提案でした、ありがとうございます!

GKBRはなに?「わからん!」
オワコンってなに?「終わった・・ええと、終わった、コン・・」
KTKR「・・・」
結局どれも全くわからない。

GKBRはガクブル、ガクガクブルブルで震えているの略。
オワコンは終わったコンテンツ。
KTKRはキタこれ。つまりキターーーーッ!てやつ。

新しい日本語なんですね、ちなみに「リア充」は知ってるかと聞かれ、これは当然知っていまして、リア充はすでに新日本語として定着しつつある話など。ただ、その次に聞かれた「「キョロ充」は知らなかった!(^^;)
その流れで、今かなり言われるようになった「ほぼほぼ」について私の母が「どうして2回繰り返すのか?ほぼが正しいんじゃないか」とよく言っている話をし、日本語の変化について色んな話になりました。

私は日本語の変化について肯定派です。言葉は生き物で、昔の言葉だから正しいという概念も変だし、新しい言葉が作られなかったら今の言葉そのものが存在しなかったからです。少ししか表現がなかったところからの言葉の誕生、派生、が繰り返されてきてこんなに人と意思疎通できる言葉になったのであれば、今も将来も新しく生まれ続けて当たり前の流れです。もうここで止まる、ってことの方がおかしい。

新しく作られ、淘汰され、残っていき、定着していく。そもそもはそんな言い方はなかった、それ以前の言葉をもじったり再利用したりして新単語が出来上がって来て、我々は過去の時代の人たちが全くわからない日本語を今喋っています。

敏太郎さんから、「頑張る」「張り切る」という言葉は我々の先輩が昭和初期あたりに作ったニュー日本語だと聞きました。それ以前の日本人にとっては、なにそれ、そんな日本語おかしいと思われたものです。

これの繰り返し。現代日本人がタイムトラベルして過去へ行ったら、どのくらい昔の人とまで話が通じるか?という疑問については、敏太郎氏によると「江戸初期がギリ。それ以前はもう通じないでしょう。」とのこと。

そして方言も相当変化していることも話しました。今はもう使われていない古い大阪弁のこと、交通の便がよくなったことで、関東に近い福島などでは昔より方言が薄くなってきていることなど言葉に関するトーク、かなり面白かったです。敏太郎さんは妖怪博士ですが日本史博士でもあるから、このあたりの知識はかなり詳しい。

私自身、自分で歌詞を書くので、「この表現はおかしいのか?」「これは造語だろうか」「ここに使ったら間違っていると言われるのか?」など色んなことを考えます。
しかし、歌詞からも実は新しく日常的に使われるようになった言葉が生まれていますし、言葉は本当に生き物ですね。私だって新しい日本語を作ってみたいものだ。

コトダマに関わるようになってからも言葉についてよく考えるようになりましたが、一つとても思うことは、「人を嬉しくさせる」「楽しくさせる」「感動する」そんな言葉を自分の口からは吐き出したいなと。古い言葉でも新しい言葉でも、人の心に染み入る言葉というのはいつも良いエネルギーがあると思うんですね。
「言霊」と書くように言葉にも魂が宿りエネルギーがありますから、自分の発した言葉は生き物である、と考えると、そういう良いエネルギーがある言葉を綴りたいです。

で、GKBRとか、どうなの?という疑問に関しては、いいんじゃないかな?何かを表現するのに生まれた新語。人を蹴落とすとか中傷するとかいう言葉ではないんですから、新しい言葉の誕生は面白いと思います。

で、言葉の話が長くなったので、収録の記事を2回に分けます(^^;)

さて、この記事の中にも昭和初期の人が読んだら、言及している新日本語そのもの以外にも「そんな日本語おかしい」と言われそうな表現も多々あるわけです。どこがおかしいのかわからなかったら、新しい日本語を批判してはいけないというもの(笑)。
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