シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
信夫山ソング「心の山よ、信夫山」について書きます。実は私は今、非常に高揚した気分と厳かな気持ちと両方があり、ある強烈な出来事に心底から驚き感動しながらも、まだまだ普通に受け入れるにはあまりに初めての感覚すぎて、狼狽さえしています。

こんなことがあったんです。まず、「午前は間違え午後は泣き」(笑)。信夫山ソング初披露を一言で表現するとこうなります(;^_^A

実はこのオリジナル曲を披露するにあたり、私はこれまでになくかなり緊張していたんだということに後で気づきました。
まだ信夫山のことだけを歌った信夫山ソングは福島に存在していなかったこと(自分が初であること)、信夫山の近くで日々暮らしている方々がどう感じるのか色んな意味での期待と不安。

午前中の初披露の時。一番最後の大事な部分を間違えて、「一番大事なところで噛んだ奴」になってしまいました(-_-)
午後のリベンジ。午後のステージは信夫山の見える場所だったため、3番に入った時、信夫山を見上げたんです。

そうしたら、そうしたら…

!!

この感覚はもう説明できません。私の思い込みだと言えばそう言えるかもしれない、しかし私は「それ」を期待したこともなく、そんなこと瞬間たりとも考えたことがなかったので(生きているとは思っているのだけど、意思の疎通を感じられることを考えたことはない、つまりそこの部分においては純粋なる無知)、きっと、「本当に、純粋に発信されたものをキャッチした」と思っているわけです。

何があったかというと、信夫山は男性神で、私に対し、確実なる人格的な交流を感じる山神として、私に話しかけてきたんです。
具体的な言葉はありません。そのようなコミュニケーションではないのだけど、明らかに、「信夫山」という生きた存在の、人と交流する時と同じような「意思」を感じたんです。もうなんだろう、相手は山であり自然なのに、「人格」「意思のある存在」として、確かに話したんです。まさに意思を持った人間を相手にしている時と全く同じ、意思のある信夫山なんです。

無理だ。正確にこの感覚を言葉にするのは難しい。

もう私は驚いて、瞬間的にたじろぎ、初めて本当に感じる「ははーっ!!」という、畏れ多い気持ちがこみ上げてきて感動し、その瞬間から歌えなくなってしまいました。泣いてしまったんです。

このことを歌い終わった後ステージ上で説明するボキャブラリーも時間もありませんから言いませんでした。ただただ、この生まれて初めての感覚に私は、雷に打たれたような状態で、本当に本当にびっくりしていたんです。その後曲は続いていますから、泣きながらも何とか持ち直し、その間中、私の右手上にそびえ立つ「信夫山さん」が意思を持って聞いている(普通にギャラリーに混ざって聴いている存在)を感じました。

不思議なことに、曲が終わったら、いつも人が感じている「自然の」「山の」「植物の」信夫山に戻っていました。
あれはなんだ!!

自分でそう思う、というレベルなど遥かに超えています。受け取り、向こうから来たものを感じたので間違いない。あれは、意思のある人とコミュニケーションを取る時と同じものでした。山には山の、花には花の、海には海の、意思があるんだと本気でわかりました。

今もあの瞬間的な「目醒め」の感覚は忘れられません。今まで、このことを誰にも口では伝えていません。たまみちゃんにも、うまく伝えられそうになかったので言いませんでした(^_^;) 長くなるし!
今初めて、ようやく文章で言葉にしました。

そして、「自然にも意思があり私はそれを感じて対話することができるようになったのか?!」と思い、あの後トライしても、何も起きません(笑)。いつもと同じです(^◇^;)
あのような衝撃的感覚は、頑張ったり望んで感じるものではないのか?突然にやってきて、そして感じた自分に喜び、その感覚を覚えて信じることによって、二度と同じ経験はできなくても、「確かにわかった、だからこれからの自分は全く違う」とは言えそうです。

写真はたまみちゃんの完成品、「信夫山から飛び立ってゆく福島の人々」をイメージした作品です。
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