シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
私は水木。亜土さんは水森で、私が持っている木がたくさんあります。木を見て森を見ず、ということにならないように、先輩から学んで、長い歴史とか、たくさんの経験とか、そんなバックグラウンドを見て、小さなことにとらわれずその人の人生を考えながらその人の歌を聴きたくなりました。
その人の今ある歌は、その人のこれまでの人生を表現している。
時が経てばまた経験が増え、歌も変わる。

ずっと昔なのですが、「表面的なことばかり気になり、かつ私の歌が今後変わることを予測しない断定的な判断」をした人がいました。私自身も今日より昨日、昨年より3年前の方が経験が浅いのだから、その時その時のアドバイスというものは確実に意味があるものだと思う気持ちは昔から変わりません。
しかし、今しか見ていない判断によるアドバイスか、人は経験の積み重ねにより変われるものだということが根底にあるアドバイスか、それは数分話せば結構気がつくものです。
アドバイスは嬉しかったけど、私はその人に言いたかった。「あなたは、森を見ていない」。
生意気だけどね私もっ!(笑)

続けなければ結果は出ません。当然のことなのだけど、これが実に難しい。私が70歳になった時、こんな歌が歌えるなんて!と、あの時私にとんちんかんなアドバイスをした人が思ってくれたら。
そのために続けているわけではないけれど、結局、続けてみないと、私の歌がどういう可能性を持っていたのか、私自身どんな資質を持っていたのか、アドバイスした人も、誰もわからない、私もわからない。
私には何が出来るか?どんな歌が歌えるのか?それが知りたくて、それを体験してみたくて、続けているのかもしれません。

どうして人の歌に感動するのかといえば、私なりの考えなんですが、歌い手の深いバックグラウンド(その人の森)を目の前に立っている木から感じること、そしてその歌を聴く自分自身が持つ深い森を、その数分によって思い出し、お互いに共感するからではないだろうか。
水森亜土さんの当時の歌をリンク。当時の亜土さんの森が10エーカーだったとしたら、今日聴いた亜土さんの森は1000エーカーくらい、広かったです。

https://www.youtube.com/watch?v=MLffaacjIiQ
関連記事
スポンサーサイト