シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
Goddessはただ今レコーディング中です。

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毎回色んな写真を撮っているのだけど私のデジタル機器に様々なトラブルがあるため少ししかまだアップできません(苦笑)。携帯が止まっている、デジカメの充電切れ、デジカメ写真の転送に問題。。。などなど色んなことがありませしてね(汗)。

この日はギターRECの日。

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私は、レコーディングがとっても好きです。ライブはもちろんいいんだけど、レコーディングはまた違った良さがあるのね。これまでにもう何百時間レコーディングという時間をすごしたかわからないけど、いつも何か新しいことが起こります。知らなかったことを知ります(笑)。何年やってんだよ~っていうことがね。ライブは瞬間が宝物。レコーディングは後世に残る。瞬間という宝物を共有してくれる人たちが今後増えていくことを願いながら、後世に残るものに歌入れしているような気持ち。

でもやっぱライブだよな~!!もっとたくさんライブできるようになりたい。レコーディングもライブももっとばりばりやりたい。少し休みたい、と言いたくなるくらいまだやってないから。

もうすぐ筋肉少女帯のライブ。
色々あったね、でもお帰りなさい!待ってました!と言うのだ。
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この下のまた一つ下の、撮影会の日の夜、北千住シアター1010へ行き、服部良一物語で共演した藤部昌嗣さんの舞台を観てきました。

2階席だったのでそこから見た景色。
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藤部さんは石田光成を討とうとする加藤清正の役で、重要な役です。とても存在感がありました。

元宝塚の貴城けいさん、市川段治郎、市川笑也、ANZAなど出演、音楽はサディスティックミカバンドの加藤和彦さんだというから興味深い。期待していたとおり、いや期待以上に、宝塚、歌舞伎、時代劇、ロックの融合という感じでとても新しい感覚でした。
なにしろ私はけいさん演じるドラキュラにやられました。まるでオスカルとも言えるが、ベル薔薇ファンの私としてはそれがますますいいところ。ドラキュラと華城季帆さん演じるガラシャとの恋に堕ちそうな、でも堕ちない、そんなところでの二人の歌は宝塚の色。そこへ市川段治郎、笑也の歌舞伎役者ならではのシーン。宝塚、歌舞伎ともに私は1度ずつ見たことがあります。回数としては少ない。もっと行きたいけれど経済的になかなか。。。

しかしこの舞台で一度に両方堪能できた気がします。
今回の芝居、大まかには石田光成がドラキュラに魂を売り、天下を取ろうとしたものの果たせず、やはり歴史通りだったというストーリーで、ゴシック時代劇、私の造語だけど、そんな言葉が浮かびました。

ストーリーの詳細を知らないで向かったのですが、今日はなぜか十字架をつけたくなり、久しぶりに十字架のネックレスを付けていったのです。そうしたらストーリーがこれ。現界に甦ってしまったドラキュラを、キリシタンたちが祈り、鎮めようとする。十字架を向け、光を当てる。なんか偶然だなあ~と思いました。

音楽がさすが加藤氏、すごく不思議な感じで、ちょっと難しいです。ストレートではない、ひねくれた感じがこの舞台の不思議さをさらに増しているような気がしました。音楽は舞台の雰囲気を決めるのにとても重要ですが、特にキリシタンのシーンでは、とてもはまっていたと思います。

とにかく、舞台、役者の美しさに圧倒されました。いい夜でした。

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アトリエでのみんなでの写真。
こないだの土曜日には、サンハロンアトリエで宣材写真撮影会があり私も参加させていただきました。ちゃんとした写真、撮らなきゃなあ~・・・とずっと思っていたけれどお金がかかるのでなかなか実現できていなかった。しかし今回サンハロンでは、関係者がとても安価で撮影していただけるとのこと。早速参上、感謝。

となりはロカビリーで夫役のモモさん。相性がいいということだろうか、とても演じやすく、楽しい舞台になったのはモモさんのおかげが大きいです。田野さんとかっきーさんの闇金コンビは迫力がありながらずっこけなキャラがとても面白かった!いつか私もみなさんのように、普段の自分の素とは全く違う人間を演じることができたらいいなあと思いましたが、いつになることやら。。(泣)

なにで稼ぐ?どうやって稼ぐ?話に乗るぞりんちゃん!(笑)

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舞台後久々に会う人もいて、久しぶりに楽しい雰囲気を味わいました。



先週の土日は万里子のハタキのコーラス隊オーディションでした。
審査員という立場は今回初めてさせていただきましたが、真剣に、また自分のことのようにドキドキしました。
みなさん心を込めて課題曲を歌ってくださいました。合格された方々とこれから一緒にお仕事をしていくことになります。とても楽しみな気持ちと、ああ始まるんだなあという緊張感。

審査員長の洋一郎氏と審査員・主演女優の高山佳子女史と私。
私は、ちょっとあやしいです。。。(汗)

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青木監督と洋一郎氏。真剣なまなざし。

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ほっと一息。いつもの調子。

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ビリーさんがいらっしゃいました。ビリーさんとのツーショットはもしかしたら始めてかも。

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ビリーさんの愛娘。りかちゃん。8月の「ロカビリーに恋をして」では初舞台ながら大変な熱演。才能を感じます。

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この日はとても暑く、稽古に通った真夏の8月を思い出しました。。



【2007/09/20 23:39】 | 音楽&芸術関連の出来事

審査員とは
北村幸生
俺だったら
ノア姉の前じゃあ
歌えないかも?
カラオケで駄目出しされそうだから(笑)
それは置いといて、ノア姉達が選んだ人だから期待大と言う所っスね('-^*)/

わははは!
のあ
もちろん選んだ人たちは素晴らしいんだけど、私より他の審査員がすごいからね!あっ!今度カラオケ行こうぜ!!もう何年もいってないが、久しぶりにいきたくなった!

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占い師ノア星月としてもちょこまか活動しているのですが、先日エキサイトから「エキサイト携帯ホームページは、9月末を持って終了することとなりました。」と連絡が来たので慌てました。

占い師サイトはまだ携帯しか作っておらず、PCの方はなかなか時間がなくて持っていなかったんだけど、9月一杯で携帯サイトがなくなってしまうのならば早いとこPCサイト作っておかなければ。。ってことで、やればできるんじゃないか!手を付け出したらもう集中!せっぱつまならないと動かない、せっぱつまると一日ですべてをやる、まったくもって短期集中型の典型です。

そういうわけで占い師ノア星月のPCサイトを立ち上げました。
http://www.geocities.jp/noaseigetsu/

私は本業の占い師ではありませんが、お客様には、鑑定結果にはご満足いただいております。相場よりもとても安く、なおかつかなりの量をお伝えいたします。占いをご依頼された方が少しでも元気になってくれるといいですからね。

携帯サイトはエキサイトでしたがこれが閉鎖になってしまうとのことなのでまた別なところで作ろうと思います。
てことはGoddessの携帯サイトも他へ移らないといけない。。。


福島に帰省したときの画像。
実家には動物がたくさんいます。これは丸子の息子、小太郎。
なぜか大きくならず、もう2歳なのに子猫みたいに小さくて、なおかつむっちり。たくさん猫を飼ってきましたがこれまでにはいないタイプ。

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庭で爆睡している小太郎と、それをぼうっと眺めている年寄り猫マイケル。

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ついでに、実家のご近所が飼っているヤギ。

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犬もいますが、画像をまだアップしていないので近々に。
今日はアルバイトしかない一日。昨日までの出来事もまた近々に。
たまっていく。。。


やると言ったことを途中で投げ出したということで、世間では怒りの声、残念だという声が聞かれます。安部前総理と私の心境なんかは比較することでもないかもしれないけれど、この機会に私が最近気持ちが変わったことについても、書いてみようかな~と思いました。

安部総理が退陣しました。世間で言われているように、私もここで退陣というのは結構驚きました。正直な感想、7月の参院選で惨敗したときに辞めていれば、昨日辞めるよりも印象は悪くなかったと思います。そして、7月に辞めずに続投すると宣言した以上は、最後まで辞めないで任期を勤め上げるべきなんではないかと。。「何があっても」

。。。

という考えも浮かびますが、総理大臣というのは日本で最も責任が重く、私情など挟んでられないし問題は山積みだし、大変な地位です。どんな心境になるのか、私ではよくわかりません。簡単にはそうも言えない、という感想です。

私思うに、これは本当に推測でしかありませんが、7月の惨敗の時、それでも続投すると決意した安部前総理は、本当に最後までやり遂げようと思っていたんだと思うんです。
それが、このようなひどい状況に陥ってきて、そもそも参院選で議席を獲得できなかったにも関わらず続けることにしたわけですからスタートから最初からひどい状況だったとも言えるかもしれませんけれど、そしてここまで頑張ってきたけれど、やはり駄目だ、もう駄目か、もう駄目だ、ということになってしまったんじゃないかなと。
ここで辞めることを、最初から考えていたとは私はとても思えないし。
記者会見を見た時、なんだかとっても悲しみと苦悩のバイブレーションが伝わってきました。

この人は本当に追い詰められている。まさに状況は四面楚歌、自信喪失、自分がやったことではないことでの責任追及、人が離れていく、思ったことをやり遂げられない、やりたいのに邪魔される、大きな圧力がかかる、誹謗中傷、自分の能力の限界、自分に対しての甘かった認識、体力の限界、などなど、書き綴ればマイナスだらけ、書きながらブルーになっていきます。

やると言ったのに、投げ出すのか!それなら最初からやらなければよかったじゃないか!という声をたくさん聞きます。確かにそれもそうだと思います。どんなに辛くても、やると一度言ったものを投げ出すことはやはり反感をくらうし、本人ももちろん本意ではないでしょう。
しかし、どうにもこうにもできない状況、というのは、やっぱり生きているとあると思います。

しかしなんでも簡単に「どうにもこうにもできない状況」として諦めてしまう傾向もよくありません。私自身何年か前に、たいして頑張ってもいないのに「もうできない」と思ってやめたことがあります。それはしかし、今思ってみれば「そもそもたいしてやる気がなかった」と言えるかもしれません。

しかしまた、主観的にも、客観的にも、本当にやりたかった事に対して「本当によく頑張った、しかしもう無理!」という判断をするのは結構難しいものです。主観的にはよく頑張ったと思ったとしても、もっと頑張って大成した人からすればまだまだ甘いし、その反面同じことをやろうとしてもそんなの無理~!と、できない人も同時にいるからです。
よくやったかどうか、というのは本人にしかわからないと思うんです。

精神的なところです。
というのは、
その人が「もう無理だ。。」と判断してやめる時、それがただの弁解、自己正当化かどうかは、「何をやったか」「どうやったか」という物理的表面的に見えることよりもむしろ「やっている時に本気で(本気でというのがかなり重要)立ち向かっていたか、気持ちが入っていたか、目標に対して素直に進んでいたか」という精神的なことの方が重要なんじゃないかなと思うんです。そこが本物だったのなら、私はよんどころなき事情で途中で投げ出さざるを得ない状況になった人を否定できないし、そこが本物だったのなら、人は自然と行動に表れるわけで、自然と他人からも「あの人はよく頑張っていた」というふうに見えます。
どうやったか、何をやったか、という物理的なことについては目標が同じであってもルート、やること、費やす時間は人それぞれ。誰が頑張っていて誰が頑張っていないかなど、そういうことだけでは測れないと思うんです。私は上記したように、安部さんは7月の時点、本気で総理を続けようと決意して、やり続けてきたんだろうと思います。


ちょっと話が変わります。でも終点は同じ。

人生には達成できない目標があるものです。

私は以前、願っていれば夢は必ず叶う、と思っていました。
しかし今は、少し違います。
叶わない夢もあり、それは夢を強く願いながらも叶わない、という修行で、そのつらさを経験する必要があるからだ、という考えに変わりました。

私の人生の目標は、シンガーソングライターで食うことだけではありません。生きることそのものが目標であり、これを職業にしようという意気込みで生きてはいるものの、私が80歳の頃に死ぬとき(あくまで仮定の年齢ね)「シンガーソングライターとしては成功しなかった。夢は叶わなかった。」と思うなら、それが私の人生で、それそのものがどこも否定することのない、一つの人生だと思うのです。これは誰の人生でも言えると思います。

かといって、夢は叶わないから適当にしているということではないですよ、私のイメージしている将来を、実現させようと思って毎日生きてはいます。しかし自分では、自分が今どのような修行をしている最中なのか、わからないものなのです。叶わぬ夢を追う修行中なのかもしれない、はたまた大成するまでの苦労忍耐の修行なのかもしれない、それはわからないものです。
「続ける」ことは本当に忍耐と根性がいります。が、「本気でやってきたものを辞める」ことで発生する苦悩も、はかりしれないものがあるはずです。その苦悩によって、自分がどれだけ本気だったか、ということもわかります。三度の飯より絵、と言っていたとある画家が、私の知り合いにいました。両親の親友でした。一人暮らしで、ある日一人で部屋で死んでいて、もうこの世にはいないのですが、「この人から○○を取ったら発狂する」という、本気モードの人に対して言うこの言葉を、最初に思った人です。本当に、この人から絵をとったら、もうなにもない、何もできない人でした。私はとても尊敬していました。そのかわり家族を犠牲にしていたのでとても悲しい人生でした。今はだいぶ名の知れた画家になっています。

話が戻ります。。

安部さんも同じ人間であり、様々な問題に苦悩しながらも本気でこの仕事に取り組んできて、そして「総理大臣をこの時期に退陣する」には簡単な思いつきであるはずはないんです。確かに安部さんが辞める事で多くの波紋を呼んでいるし、大騒ぎだし、迷惑を受けた人もいるかもしれません。
確かに何か大きなことをやるには、それが長ければ長いほど、協力してくれる人、応援してくれる人、迷惑をかけている人が多くなり、それに費やす時間、金も増えていき、途中で投げ出すと迷惑がたくさんかかるのは事実です。私自身も、迷惑をかけたこともあり、かけられたこともあります。ここまでやっといてやめるのかい!と人に言ったこともあります、自分が関わっていたことに対して。

何かを辞めるのはいつのタイミングであっても、協力者に迷惑をかけるのは避けられないことです。いつ辞めたって大きさの差はあれ同じことです。その清算も心を込めてやることそのものが人間の修行であり、その人に必要なプロセスなのではないかと思います。
かといって、それなら安部さんが「いつやめてもいいんじゃない」とも思いません。
上記したように、「総理大臣が今この時期に退陣する」ことの理由は簡単なものではないだろうからそこにはもう触れませんが(わかんないもん!爆)、タイミングは重要です。

何かを始めるタイミング、辞めるタイミング。
タイム感のある人になりたいものです。
単純な結論だなあ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

本当にとりとめもない文章だ!
こりゃもっと文章を勉強しなきゃ駄目だな!

【2007/09/13 19:47】 | 考察


りへい
あたしも安倍さんの件に関しては同じ気持ち。
つか、家族中が(笑)


批判は簡単だけどね。その裏側を考えることで初めて
あれこれ言えるのだと思う。
運が悪かったね。彼はさ。
多分それに尽きる(笑)

そうだね
のあ
そう、批判することって簡単。だから評論家が私あまりすきじゃない(笑)。好きな評論家もいるんだが、それは裏側の苦労がわかっていて言うことのできる評論家。批判するなら自分でやってみろってのね(爆)。ま、批判する人がいて文化や社会は発展していくのだけど。安倍さんは運がよくないねえ。。

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UFO好きならもう知っている。これが、矢追純一監修、宇宙人・UFO探知機ストラップ「ユータン」です。

先日実家に帰った時、私はまた飯野町UFOふれあい館へ行ったんです。一度行っているし、展示しているものは変わらないと思うのだけど、また行きたくなりましてね(笑)。UFOふれあい館の内部写真も色々撮ってきたのですがそれはまた後の日記にして、今日はそこで購入したユータンについて。
UFOふれあい館は、本館に行く前にUFO物産展という別の建物があるのですが、ユータンを以前から欲しいと思っていた私は、ここならあるに違いないと思い先に入ることにしました。

すーぐ見付かりました!2100円です。ちょっと高いかな~と思うんですが仕方ない。色々手間もかかっているんだろう。なにせ宇宙人を見つける機械なんだからな!

宇宙人かどうか知りたい相手に、円盤部分に付いている小さいポッチを押してもらってしばらく待ちます。緑と赤のランプがゆっくり点滅して調査します。宇宙人なら数秒後に緑と赤のランプが交互に早く点滅して音がぴぴぴと鳴るようです。宇宙人でないならそのままフェイドアウト。ひとまず私と、私の両親は宇宙人ではないことが判明いたしました。

UFOが近くにいるかどうか調査するには、自分でボタンを押してしばらく待ちます。近くに変な磁場が発生していたりすると反応するそうです。UFOふれあい館の近辺で押してみましたが、そのときはUFOは来ていなかったようです(笑)。他よりUFOが多く飛来する場所として有名なのでちょっと残念。

ところで。。。私はこのユータンを毎日持ち歩いていますが、購入してから2週間、得に宇宙人がまぎれている可能性の高そうな人口密度の新宿や六本木などで調査しているのですが、反応がいまのところありません。とりあえずこれから、出会った人には押してもらうようにしようと思います(爆)。

「初めまして、水木と申します。あの、これ押してください。」
完璧にヤバイですな。

ところで、舞台が無事終了したのです。来ていただいた方への御礼も書かず、わけのわからないつれづれ日記などを書いている不届者です。
舞台に来てくださった皆様、本当にありがとうございました!私の役どころの解説には「社長の妻、勘違いハイテンションオンナ」と書かれてあるのを、舞台後知りました(笑)。それに違いない人間を演じられたと思っています。アゲましたよ~(汗)

写真は共演の麻乃なつ希さんと打ち上げで。
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うわさのAB/CDを着ています(笑)。
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音楽以外でステージに立つのは、今回の舞台で5回目となりました。
思えば2006年の初め、私は音楽以外でステージに上がったというのはそれまで小学6年の時の学芸会での芝居(愛と美の女神アフロディーテを演じた。何気に自慢(笑))、結婚式の司会くらいなもので、その他は、36年という今のところ長くもなく短くもなく半端な途中経過である人生において、ステージに立つというのはどういう形であれすべて音楽に関わるものでした。
私の本業は歌を作って歌うことだが、これまでの音楽活動を幅広く捉えれば、人様の歌を歌うこと、ピアノやアコーディオンでのサポート演奏、結婚式での聖歌隊、オルガン演奏なども含めると数だけ考えたら結構な数かもしれない。結婚式は、この仕事を始めておそらく1000件は超えていると思います。100件ではありません、1000件なんです。これは自分でも本当に驚き、それと同時にこの結婚式という人生で最も嬉しい時を迎える人の祝いの場に同席した回数がこれほどまでに多いんだ、ということを考えたとき、私は素直に神様や、私を使ってくれる方々や、たくさんの新郎新婦に感謝しました。
で、何を書こうとしていたっけな。。本当に忘れてしまった。

思い出しました。
これまで音楽のステージ(単に場数だけね、お客さんの数や当時の演奏レベルなどもろもろ問題はここではおいとく(爆))はあるものの、2006年に初めてたった芝居の舞台というのは、それはそれは死ぬほどの緊張で、前の日記にも書いたんだけど、本番前「私はこの舞台を終えたら死んじゃうんだ」と本気で思ったくらいです。なにで死ぬのか?というのは問題外でした。おそらく心臓が疲れて止まるとか、ショック死とか・・・?
自分のステージ経験がなんぼのもんだったのだと、まわりの役者さんを見て痛烈に感じました。もちろん稽古は長期にわたり、出演者全員、長期間もろもろの用事や色んな問題に調整をつけて、これに打ち込み、真剣勝負の練習を何時間もやるわけで私も必死でこれについていったわけですから、やるだけやった、きっとできる、きっとできる、と思うようにして、本番直前などは結構もう余裕で(開き直りもあるだろうけど)いつもの調子を取り戻し、「ま、なんとかなるだろ~」という発言が出るようにもなりました(笑)。お、これぞ自分、という感じです。

しかし。。。もう死ぬ、と思ったあの時間、幕が上がってから自分の出番までの数分間ですか、長さはどのくらいだったかわからないけれど、あの瞬間はもう二度と経験したくないです(苦笑)。そう、もう二度と経験したくない、と思いながらその後私は4回芝居の舞台に立つことになるんです。それはなんでだろう?と自問自答します。
回答は複数あります。簡単にすれば「やってみたい」ということなんだろうけれど、自分の表現方法や、自分の興味のある(自分がやる)芸術分野のひとつとして新たに芝居というものが大きく浮上した、ということ、知り合った「役者」という人たちの才能に圧倒され、影響を受けたということ、など考えられました。
音楽人とはまた違った、似ているところももちろんたくさんあるのだがまったく違うところも数々気づき、それに興味がわきました。
かといって私は完璧に役者になれることはないと思うし、私のやることの一番は音楽表現であるということは変わらないのだけれども、自分の音楽表現をもっと伸ばすために、異業種とのかかわりがどれだけ大事かということを肌で感じた2年間です。
音楽人同士ではいくら話しても進歩がないときがあります。これは皮肉ではありません。現実そうだと私は思っているし、どの職業でも、職業ではなくても同じ世界に住む者同士でも、お互いに「そうだよねえ」「そうだそうだ」で終わるところが、異業種の人からの目線によって「こうしたらいいんじゃな~い」とか「それはこっちの世界では通用しないよ」などのような意見交換があることによって、「む?そうだったのか」「へえ~なるほどねえ~」と思うことって誰しもあるんじゃないかと思うのです。その時は大して気にもとめなかったとしても、少したって、気づかないうちに自分が少し変わったことにひょんなことで気づいたりするんです。
そんなことが重なった2年間だったな。

私が参加させてもらった5回の舞台のうち、3本が台本のある芝居で、2本は即興芝居です。即興の経験についてはあとで別に書こうと思っています。即興の時も、「これで死ぬ」と思いました。
でも今も生きています。これからの舞台は「これで死ぬ」ではなく「これをやればもっと楽しく生きられる」と思うようにしたいと思います

本日Mixiを退会しました。マイミクだった皆様お世話になりました。ありがとうございます。
これからはこちらブログやHPをなにとぞよろしくお願い申し上げます。

飾らない言葉で、ありのままを書こうと思います。
私は年内に、ある人との別れを経験しなければなりません。これはとても辛いことです。しかし避けられないことなので仕方ありません。食い止めることはできるか?いや、それはできないでしょう。そういう流れなのです。私はここ数年のうちに、近々別れる人とのやりとりにはとても敏感になりました。メールでは、その文章とは全く違う、本音が一緒に聞こえてきます。音声ではありません。説明できないものです。その人が思っていること、人から言われたこと、などがまるでその人が書いたエッセーのようにつらつらと流れてきます。これが本当に当たっているかどうかというのは、本人と直接別れの日に話したり、他の人から聞いたりすることで少しずつわかっていきます。
しかしすべてを確認したわけではありません。私は頭がおかしいんだろう、と思うこともあるのであえて確認せず、その人と別れたのは偶然だと思うようにしたこともあります。でも、心理学的な見地も考えれば、私自身がその人と離れたいからそのような現象が起きたり心境になったりするのかもしれません。
しかしそれらは、どれも全く証明できないことです。

私が経験している、私にとってだけの事実を簡単に述べれば、
メールを読んだり電話をしたりしている間に、音や文字には現れていないその人の本音が同時に感じられる→辛いことではあるが、その感じたものを一応受け入れる→キャッチが強くなってくる→覚悟→別れ

これとは少し違うパターンですが、私は数年前、その近々別れることになると感じ始めていた友人の一人から、大きな贈り物をもらいました。そのときは仲に亀裂は感じていませんでした。
そして開けると、石鹸が6個入っていました。
開けた瞬間、このような言葉が私の頭を直撃しました。
「最後の石鹸を使い切った時、この人との関係が壊れ、二度と仲良くなることはない。」
全く予期せぬことでした。実際、その通りになりましたが、それはその言葉をずっと心に留めたまま生きていったから、最後の石鹸がなくなったとき自らその友人との関係を断ち切ったのか?とも考えます。
しかし最初にその言葉が突然頭に浮かんだ理由はなんなのか?それは私では説明がつきません。

その相手との関係は、4つ目の石鹸まで何も問題ありませんでした。5つ目に入った時、現実に突然問題が浮上しました。石鹸を使うことを私がやめたら、関係は途切れないのだろうか?と、もちろん考えました。しかし私はしばらく考え、石鹸を使うのを再開しました。5つ目に入った頃、私はこの人とはもう別れたほうがいいと思い始めていたからです。確実に喧嘩上等気質の二人ですので、石鹸が減っていくのは胃が痛かったです(苦笑)。
しかし恐怖していたほど、波風は立たず(立ってないとは言えない状況ではありましたけど)私はその人との関係を終了しました。

そのために、私はその人との本当の物理的、言語的な別れを経験する数ヶ月前から別れの悲しみという感情だけは先に襲ってきてしまうため、長い間苦しむからとても嫌です。
それは、確実に迎える別れの日への恐怖を味わいながら生きること、私が先に察知する人との出会いと別れは決して変えることはできないとわかっていることへの無念さ、言葉ではあまりうまく表現できませんがとても複雑な心境を経験します。
もし、別れの日を迎えるまで何も知らないでいたら、別れの日を迎えてから苦しめばいいのですが、それよりももっと前々から予感して、それが確信に変わり、覚悟に変わり、その人を決して私は嫌いではないのにどうしてこうなるのか、という無念さと無力さに変わり、最後には諦めに変わります。

そうやってたくさんの人との別れを予感したとおりに経験してきました。経験してきた、と言っても数年前くらいからで、それより前は他人の思っていることや、近い将来起きることなど、まったくわかりませんでした。

しかしその別れというのは、私にとって、相手にとって、必要なことであり決して無駄なことではないし、突然何の理由もなく起きることでもなく、むしろそこへ至るまでの道のりの中で会話し、考え、共に経験することそのものが、目的だったのだと知るまでにはとても時間がかかりました。

人との別れは修行です。悲しい経験ですが、誰も、それを全く経験しないで生きてゆくことはできない。私は覚悟を決めました。

新しいMACになってから、写真をブログにアップできなくなった。
これまでのクリック、クリックの作業では写真のhtmlっていうの?それを入力することができないので前回の解決策は過去のブログの中にある画像のhtmlソースをコピーして持ってきて、画像のタイトルの部分だけアップしたいやつに入力しなおすというもの。
しかしこれをやったら、画像がでっかいままアップされてしまうことに。

家のMACでは相変わらずできない。というわけで某所のWINにて作業することにしました。これでは根本的な解決にはなっていないけどいたしかたない。

表面的なところだけで解決したように見せかけ、うん、解決した、と自分に言い聞かせるのは好きじゃないです(笑)。
私には今、解決しなければならないが放置している問題が2つあります。しかしこれらをクリアしなければならないこともわかっています。どうなることやら。
とりあえず画像直りました。