シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
今月号のENGLISH JOURNALにこんなことが書いてあって大変関心しました。
アメリカでは「Elvis has left the building.」という言い回しがあるそうですが御存じ?
直訳すれば「エルビスはもう会場を出ました。」ですが、これが現代のアメリカで、「楽しい事はもう終わってしまった、過ぎ去ってしまった」という意味で熟語的に使われているんだそうです。

これは、エルビス絶世期の時代、ライブが終わった後エルビスを一目見ようと出入り口を取り囲んで待っているおっかけの人たちに、スタッフが何度も何度も「エルビスはもう出ましたよーいませんよー!Elvis has left the building!」とアナウンスしたことがきっかけで、現代に至るまでに、この文が一般的に「楽しい事は終わってしまった」という意味で使われるようになったとのこと。

なんともはや偉大なエルビス!一アーティストがここまで文化に影響を与えているって本当にすごいと思います。こういう英語は日本の学校では習わないから、こんな面白い生きた英語を知った時は非常に感動。どっかで使いたくなりますねえ。皆さんも外国人と楽しいパーティをした後や、海外旅行の帰りに一言言ってみてはいかが?

「Ah...Elvis has left the building.」
こいつできるな!と思われますね~!

メンフィスにエルビス・プレスリー博物館があるんですが、そこには彼が愛用した純金のグランドピアノが展示されています。触れませんでしたが、しっかり見て来ました。一般庶民にとっては、これがどんだけ価値あるものかもわからないくらい、すごいものでした。。きんぴかだなー!というコメントで帰国した私。

私が将来大金持ちになって、そういった特注のピアノを注文することになったとしても、純金は自分のキャラに合わないような気がする。おそらくプラスチックで作った水玉模様のピアノを注文すると思います。水玉は、水色とオレンジ色とピンクを使用します。

。。。。そういえば先日、ピアノの蓋を空けたら鍵盤がなくなっている夢を見ました。
鍵盤がないからピアノ弾けないじゃん!と思っていたら、
「白と黒とどっちがいいか?」とどこからか声が聞こえたので、
「白も黒もどっちも必要ですよ!」と私は答えると、
「贅沢言うな!」とか叱られて、ピアノの蓋がばん!と閉まってしまうというヘンな夢でした。
私は分析しました。ピアノの鍵盤をフルに使って、好きなように弾く事のできないもどかしさではないかと。。。。
ああ。。エルビスは偉大だけれども、私はなんという悲しいアーティスト。なんてね~!
「なんじゃこの夢は!バカにしとんのか!」と言ったまでです。
英語の話からひたすら飛びましたが、これにて。
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やっぱりだ!募金活動を疑っていてよかった(爆)。いえいえ全ての募金活動じゃありませんよ。
皆さん知ってます?少し前の話だけども、身体に障害のある人に援助をというような内容で街頭で募金活動をしていた集団が実は詐欺団体で、逮捕されたことがありました。街頭で呼び掛けをしていた人間はバイトで、時給をもらっていた。集まった金はトップの誰かが私用に使っていた。以前私は、募金しても本当にそこへ行くのかどうか信用できないから、募金はしないんだという日記を書いたことがあります。でも自分の金として使う為に嘘の募金活動をしていた奴が本当にいたことを知ると
なんだかがっかりしてしまった。
そしてそれってかなーり許しがたいことなわけで。詐欺にも色々あるけれど、例えば私が昔ひっかかった、たかだか1万くらいの布団を10万以上で買わされたとか(苦笑)、おばちゃんが一つのバスの中にぞろぞろ入って行って、帰る時には手になべだのやかんだの、掃除機だの空気清浄機だのを持っているとか、そういう詐欺と、今回の詐欺はちょっと種類が違う。

要するに人間の仏心を使った詐欺というのは同じ詐欺でももっと罪が重いと思うんです。安いものを高い金で買うのが「騙された方も仕方ないね~世間は甘く無いから。勉強代。」として終わるところも、募金が詐欺だったというのは、「騙された方も仕方ない」では終わらない話だと思うのよ。人を助けようと思って財布から出したお金ですから。

高い金でいかさまを掴まされた時の悔しさとか憎たらしさを思い出すと腹は立ちますが、何かを買うわけではない、何か自分の手に入るわけではない純粋な心の出費がその主旨には使われていなかった、ということに対してはもっともっと怒りがあらわにされるはず。

だがしかし。。
特に大きな抗議行動などにはならなかった。それよりか世間的には相変わらず前者の、安い物を高い金額で売り付けている団体の方が糾弾されている。
なぜだろう?
やっぱりそれは、募金では一人一人の出費がわずかなものだからなんだと思います。10円とか100円だから。結局人間は自分がどれくらい出費したか、ということに怒りが比例するものなんですな。でも「人として」考えたら、募金詐欺の方がよっぽど世間から抗議行動が起きるべきだと思うんです。でもとりあえず小さいニュースだけで終わった。。

ニューオリンズの市内8割が冠水してしまいました。。。
ノアは7年前、父と二人でアメリカを旅し、ニューオリンズで過ごした夢のような数日を思い出します。あの時のニューオリンズの、ライブハウスとギラギラの雑貨屋が並ぶ派手派手の大通りと、アメリカとスペインとフランスの文化とがごっちゃになったおもちゃ箱のような独特の町並みが今でも脳裏に焼き付いている私にとって、大型ハリケーン「カトリーナ」に襲われてすっかり様相が変わってしまったニューオリンズの光景は、辛くてなりません。
今回の被害は、少なくとも過去数十年で最悪になる見通しで、死者は相当数になるとのことです。ミシシッピ州ハリソン郡だけで数百人の死者が出ている。
あんなに陽気で、美しいアメリカ南部が、今はどこもかしこも冠水、残っている住人達は食料や水を求めてスーパーを襲い、至る所で発砲事件が起こっている。私がこれまでの生涯の中でも最も感動と刺激を覚えたあの街が、今こんなことになっているというのは、考えただけでも悲しい。

文化的な遺産などもたくさん被害を受けているだろう。とても残念です。アメリカの歴史はまだ浅いが、南部の方にはその歴史の中でも一番古いアメリカを物語る建物がたくさんありました。私の父はアメリカ50州のうち行った事のない州の方が少ないくらいだけれども、私は初めてのアメリカだったため、それでは私の目的に合わせて音楽の旅といこう!ということで南部アメリカの旅を決めたのでした。そして古き良きアメリカが彷佛とする、開拓の歴史を巡る事にしたのです。本当に日本人に出会わない旅でした。

ルイジアナ州の前に、テネシー州はメンフィスでBBキングライブハウスでブルースを満喫し、プレスリー博物館へ行って、ナッシュビルではカントリーを演奏するでっかいダンスホールに行ってカントリーを満喫したのち(100人以上のお客さんの中に、たった1家族だけ黒人の家族が来ていて、怒ったような顔をしてカントリー演奏を見ていたのは今でも忘れられない)、今は水没してしまっている高速道路を渡ってニューオリンズへ。

自然災害は人間の抵抗できるものではないけれども、大型ハリケーンのもともとの原因が温暖化だとすれば、非常に考えなければならない重い出来事だと思いました。

世界のジャズミュージシャンが、チャリティコンサートを行うことになったそうです。詳細はまだわかりませんが、ニューオリンズ出身のミュージシャンが中心となり、かなり大規模にやっていく様子。またジャズに限らず、たくさんのジャンルのミュージシャンがアメリカ南部救済のため、チャリティーコンサートを計画中。

私が父と深夜のエキゾチックなニューオリンズの街を歩いていると、小さなほったて小屋の前に黒山の人だかりがありました。
中からは、これぞ本場!というニューオリンズジャズの演奏と人々の歓声が。これは見たい!と思い、幸いアメリカの人だかりの中では小回りの利く小型の私、人々の腰のあたりをくぐって最前列へ。するとそこには、きっと古い時代からここでずっとこうやってきたんだろう、と感じられる、歴史そのままの様子が繰り広げられていました。タイムスリップしたようでした。

本当に驚きました。本当に驚いたんです。見たままを説明すると、日本で言う裸電球のような色の薄暗い明かりの下のステージには木目の古いピアノをたたきながらたまに振り返ってお客さんに何か言って片手を振っているピアニスト、簡単なセットのドラムの前でたまに休んだりするドラマー、灰皿まで手が届かなくてウッドベースを持て余し弾いたり弾かなかったりするベーシスト、そしてステージからは4段ほどの低い階段が伸びており、その階段のところどころにクラリネット奏者、猫、お客さんが座っている。

クラリネット奏者は立ったり座ったり、そしてしゃべるのか演奏するのかどっちなんだ、というような立ち居振る舞い。最前列に行くと、床には20人くらいのお客さんがあぐらをかいて座っていました。建物はとっても古く、二度と開かないだろうと思われる木枠の窓の外からも、観光客が覗いているのが見える。いつもいるらしき、お客なのか演奏者の友達なのかとにかく一人の黒人男性が、階段の下に寝そべっている。

そして、その演奏たるや!ニューオリンズは、ジャズ発祥の地であろうと考えられていて、アーリージャズとも言われているそうですが、その頃の私にはまだジャズというものがよくわからなかったし、どこから発祥して、どんな歴史を辿って色々なジャズに発展していったのかも、ほとんど知識はありませんでした。そういう私にとって、いきなりの生ジャズがこれ、というのは、本当に衝撃的だったのです。上記したようないでたちの演奏者達であるにも関わらず、演奏は、言葉では説明できるようなものではなく、本当に素晴らしい。すごい、楽しい、面白い、おかしい、笑える、切ない、何時間見ても飽きない演奏と雰囲気。

クラリネットの人は、しゃべったり吹いたり、途中で階段に座り込んでピアノの人に向かって[Hey!なんとかかんとか!(リスニング不可能)]と言うと、ピアノの人は何か知らないが一度立ち上がって、それからまた座り、ソロを始めました。全く素晴らしいソロでした。一音一音が心に響く。このソロ中、クラリネット奏者がしゃべりとクラリネットを交互にやるんだけど、この絶妙なタイミング、狙ってやっているのか適当にやっているのか全くわからないけれどお客との会話+クラリネットが一つの音楽になってしまっている。ドラムもベースも途中休んだりするんだけど、それに何の違和感もない。不思議でした。しゃべりながらも、入るべきときはきちんと入っているのに、しゃべっているときは、一体メンバーの演奏を聞いているんかい!って感じで高笑いするこ
ともあるし。しかしあとになると、この高笑いも合図??と思えるような入り具合。。でもやっぱり、演奏中の会話は考えてやっているのではないだろう。ただうだうだとお客さんに話し掛け、
[So?なんとかかんとか]、[Hahaha!なんとかかんとか]。
普通にうろうろしてしゃべってる。そしていつのまにか盛り上がって来ると、テンポもだんだん早くなって、クラリネット奏者も[Ya!]演奏[Oh!]演奏[Z---!リスニング不可能)]演奏という感じに、演奏の方が長くなってきます。一体全体、この人たちは演奏中、どんなことを考えているのか、私の演奏の常識を超えたことをやっていました。

ニューオリンズのものすごいあっけらかんとした、情熱的で、エキゾチックな、細かいことは考えない気質と、ただただ自分達の文化を心の底から愛しているんだ、という演奏者の心が伝わって来た夜でした。自分達の中にしみ込んでいる文化なんだ。

ニューオリンズであんなに感性で音楽を聴く日々を送って来たのに、どうして、また理屈で音楽を考えてしまうんだろうと思って、たまにまたあの日々のことを思い起こすことがあります。ニューオリンズの複雑な歴史に刻まれたニューオリンズジャズを自分の体から当然のごとく演奏している人達を目の当たりにして、ガハハハと笑いながら見ている中にも、一瞬、歴史など何も知らずこの音楽はジャズの理論でこれはロックの理論だとか、その構成はロックではない、ジャズだとか、言っていた自分がバカに思えて、なんだか恥ずかしい気持ちが沸き上がったのも、忘れることができない。

ニューオリンズの街が復興するのには数年かかるとの見通しです。
実は今年の始め、今年の夏は無理だけど、前もって予定を立てて、来年の夏あたりまた行こうか!と父と話をしていたのに、こんなことになってしまったので、しばらく行けないね、とメールしました。

堤防に守られた、海の下にあるような場所の街だから、堤防が破壊されてしまった今、通常の洪水とも違いかなり深刻です。とても悲しいことですが、南部アメリカの人たちの前向きで強靭な気質で、きっと早くに復興することと信じています。 阪神大震災によって相当な数の建造物が破壊されてしまい、また新たに建物を立て復興した神戸に認知のツアーで行った時、新しい建物が多いことを見て、昔はここに別な建物があったんだろうね、という話をしながら、以前の神戸を見る事ができなかったことを残念に思いながら神戸市内を眺めました。

ステージの階段に最初座っていた猫は、最後の方には移動してライブハウスの入り口に行き、ぐだ~っと横になりました。8月の半ば過ぎ頃、本当に暑かった。今も同じ位、あんなに暑いんだろう。

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先日また水戸黄門を見ました。また、っていうところはとりあえずスルーして(笑)。で、この日は、武士である夫を悪いお代官様に理不尽な理由で殺された妻と、その息子が仇を取ろうとするが、それをさせる前に黄門様御一行がそのお代官様一味の悪さを暴き出し、「追って沙汰が下るだろう」というところで一件落着。
か?と思いきや、今回はちょっと続きがある様子。「では、私が後見人となるから、ここで思いを果たせ」と言う黄門様。
あだ討ちされる方もきちんと武装し、公平に闘いなさい、というわけです。妻と息子は涙を流して感謝をし、「それでは」と、あだ討ちされる悪い武士の方も刀を持ち、妻と息子と向かい合う。緊張の瞬間。

ここで誰もが(私だけだろうか?)が想像する。実際立ち回りが始まったとしても、どちらかが刺される前に黄門様が一声上げてそれを止め「どうじゃ、思いは果たせたであろう。どのような理由があっても、人を殺すことはよくない。お上がしっかり成敗するから、あだ討ちは果たせたも同然。お前達は前を向いて生きて行きなさい」と言うのだ(セリフまでほとんど先読みしていたつもりだったのに!)。それが実は全然私の想像と違った。妻が武士を刺したのだ。そして殺した。武士は死んでしまった。
黄門様御一行、息子の目の前で。そして黄門様が「あっぱれじゃった。よくやったな。」と。現代的にアレンジしている時代劇とはいえ、ここは江戸時代の価値観でいったのね~。。。とちょっとフクザツな心境で
した。いくら悪人であっても、公衆の面前で死に絶えるまで全員が見届ける、ってのは、時代背景を知らないで見ていたら、すごいびっくりするんじゃなかろうか?黄門様はいい人だと思われているのに。でも、黄門様がいい人、常識のある人っていうのは、江戸時代では、ってことであって、今ならば許されないことでも、当時は常識だったことってたくさんあるのよね、やっぱり。
結構びっくりした今日の水戸黄門。

ちょっと気になっていることがあります。リリースしたアルバムが4枚目になってしまったらフォースアルバムだし、5枚目となればフィフスアルバム、と言うのが正しかろうが、日本ではファーストアルバム、セカンドアルバム、サードアルバム以降突如、「4枚目」、「5枚目」に(笑)。
なぜか?4枚目以降の英語は、字面ではたまに見かけるが、会話で言っている日本人は見たことがない。
フォースアルバムはそんなに言いにくくもないのに。
むやみに統一性を求めるノアでありました(笑)。