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歌手・ボイストレーナー・ボディセラピスト水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
「紫の猪を探せ!」

こんにちは!また夢のことです(笑)。よほどの霊能力者の夢でもなければ、自分以外の人にとってはどうでもいいだろうと思うのだけども😅昨年の明晰夢(ブログ参照)から人間関係・生と死などについてさらにポジティブに考えられるようになったので(といっても私が元々相当のポジティブ思考であることは多くの人がご存知のことだが(笑))、印象的な夢を書き残しておくことが楽しくなってきました。

今は、夢を見る自分や、見させてくれる何かの存在があるならそれらに感謝の気持ちが以前よりも湧いています。

今朝は「紫の猪を探せ!」ドリームを見ました(笑)。

色んな大きさの猪が、大変な数集まっているんです。それを見て「これまた圧巻の景色」と思っていると、天の声が。

「紫色の猪を探せ。」

え!紫?いるのそんなの?と思いながらもすぐこの命令に従い、目を凝らして一つ一つ確認。眼科の待合室でウォーリーを探した時と同じような感覚です(笑)。

で、右端の後方に確かに紫色の猪を発見!見つけた!と思ったら目が覚めました。

私は知りたい。「だから何?」を😅

見つけたのに、見つけたからどうなんだ、どうなるんだということを全く聞かないまま終わってしまったので、結局この先のことを自分で考えなきゃならないほんの数秒の夢。

で、調べました。猪の夢と紫色の夢。端的には「猪の大群の中に一匹だけ紫色の猪がいた」という夢になりますが、そんな夢解釈はないので分割。

ただ、まず「紫色に染まった動物の夢」というドンピシャ解釈があったので驚きました。動物によって解釈が多岐に分かれるそうですが、可能性としては火急の何かを私に伝えようと表れたケースも考えられるため、注意は必要だそう。動物が何か印象的な行動をとったり、奇妙な仕草を見せたなら、近日中に神秘的な出来事が舞い込むかもしれないという。
しかし猪は紫色だっただけで、ただ大群がそこにいた、という感じだったので、神秘的出来事というより純粋に注意喚起かも😅

鮮やかな紫色が印象的な夢は、知性のバランスが整い、物事を的確に捉えられることを意味し、これまで全体像がぼんやりとしていた問題の構造などを見抜いたり、細部に行き渡った心配りが出来るなど意味があるそうで、あちこちから部分的に知識を吸収している私としては今ちょっと嬉しい。

先日も書いたように、私自身が亥年で今年年女なので、猪の夢を見るっていうのはごく自然な心理的結果だとは思うんです。

まあそれでも、突然日常的に全く考えてもいないような夢を見て、それを調べるとなるほどと思うところがあり、事前に見た夢によって助けられた経験が無数にある私としては、馴染みのあるものの夢についても、一応平等に、このような調査はしようと思って。

猪の夢全体としては「本能」「勢い」「破壊衝動」などを暗示しており、心の底に眠らせている強力なパワーを、表の世界へと出したがっていると捉えることができるとのことでした。

「表に出したい」という感情は時に「人を攻撃したい!」という危険な考えに繋がることもあるがうまく利用すれば大きな力で世界を変えることも出来るとのことなのですが、人を「攻撃する」などという全く面白くないことをしたいと思うはずもなく、この意識はまるでないので、良い方の「表への表現」だろうと解釈しました。

大群の夢は、「気力の充実」「いくつもの思いが交錯して困惑している状態」「協調性」などらしい。

この場合は自分の現状に照らし合わせて近い解釈を選べとのことですが、いくつもの思いが交錯していることの困惑は、今のところ仕事でもプライベートでも感じることがなく、順調にというか淡々と仕事をしており、わからないことはすぐ聞くので、コミュニケーションは取れていると思います。逆に、エステの職場では「これだけの人がいるのにイジメも喧嘩も派閥もなく、皆とても良い人達で、女ばかりの職場としては返って珍しいとも言えるのではないか」とさえ思っています。
以前は数少ない人数の職場でも、日々問題が起きていたこともありました。

まあ光景的にかなり驚いたけど、良い夢かな!と思いました。

紫色のイノシシの画像はないので(笑)、夢の中の紫に一番近い紫の色を探したので、それを載っけます😆
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播東さんが、ト音記号と音符がたくさんある模様の、素敵なブルーのスカーフをされていました。
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ト音記号グッズ私も欲しいなぁ、いいなぁと思い、「素敵ですねー!私も買うー!」と言った、その次の日の朝。

今日、母が私のために買ったというコートが届きました。荷物を開けるとマフラーも入っていました。

ト音記号…😲😲😲😲
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欲しいと思ったのは昨日で、母が買ったのは数日前だから、既に母は無意識に用意していたという感じ!😲

というわけで、ト音記号グッズ、手に入ったので満足です(笑)。思ったら次の日実現。

そして黒い水玉のコートも気に入りました♪
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母、凄い。

満を持して?(笑)本日12月26日深夜。クリスマスが過ぎたところです。
12月6日に夢の中で体験したことを最終的なところまで書くまでにこんなに時間かかってます(笑)。
それだけ、かなり衝撃的なものだったので(自分にとっては)楽しみに待っている方がいるにも関わらずお待たせしたことをお許しください。

そしてまた、地球には宗教というものがあるので、書くのを躊躇してしまっていたということも正直あります。

しかしもしや、これはアセンションのひとつ?? と、スピリチュアル業界(表現が俗的で申し訳ないが)で言われていた「アセンション」なるものなのか、と気になり出してしまいました。

私は実は、今だから言いますが懐疑的でした。

アセンションして意識が変わったのかどうかはわかりませんけれど、明らかにこの夢の前と後とでは考え方や捉え方が変わってきてはいるので(今の方が楽)、お伝えしてみようと思います。地球上で地球的な現実的な問題に悩まされている人、生きているのが辛い人が、もしこのブログに辿り着いたら、少しはお役に立てるのではないかと願いながら。
では続きです。


ゆっくり上昇していった感覚を得たので、流れに任せてどんどんどんどん上がっていきました。寝ている感覚はもうないし、肉体の感覚はもう完全になくなっていて意識だけがあるので、自分なのだけど体がないから自分じゃないみたいでした。でも上昇しているという感覚だけはあります。

すると、パッと何か光景が広がりました。赤い玉のようなものです。ここでこんなこと言うとすごく場違いなんですが、ほぼ、まるで「赤血球」でした(笑)。真ん中が少し凹んでいて、生きているように見えます。
それが、あちこちにあり、ぽわぽわ浮いていたり静止していたり、柔らかそうなものや硬そうなもの。。。色々なのですがだいたいどれも赤血球です(笑)。

私はこんな変わった光景の中でも、「大きな大きなとてつもない愛に包まれている。私は愛されている。」と感じていました。とっても嬉しかったし、楽しかったし、ただただ感動していました。

そしてここからのやり取りは言葉ではありません。言葉に直すしか伝える方法がないのでそうします。多分、私が考えるよりも前に、これまで私が疑問に思っていたことの全てがすでに伝わっているから、一気にどんと回答が来たような感覚でもあります。やり取りとしては数秒なのかもしれないです。

簡単にお願いします~というご要望もありましたので(笑)、「箇条書き」という実に地球的事務的な方法を取りたいと思います。
やり取りの体験談を細かく、本にしている方もいらっしゃったと思います。光との対話。しかし対話形式にすると長くなるし、私の場合「対話」ではなく、瞬間でやり取りが終わった感じなので、あまりドラマチックな展開がありません(爆)。

それから、「私」「あなた」という感覚がなく、私にメッセージを送ってくれた(気づかせてくれた)存在は、私以外の存在という感じではなく、私自身のような、と同時に私ではない他の意識も持っているような?そんな存在だったので、「あなた」と言われたわけではないのですが、わかりやすいようにここでは、この地球で生きる我々に「あなた」や「他の人」という区別があるような表現をしたいと思います。

一部の宗教にとっては、考え方が違うということもあるのかもしれません。私はただただ、あの感動の体験を書いてみるだけで、これによって特定の宗教に入るとか、どれかの宗教を否定するとか、そういった気持は全くありません。私自身が無宗教であるスタンスは変わらないです。なぜなら、この世に存在する宗教の全てが、意味があって生まれ、存在することが今は感覚的にわかるからです。

では、この明晰夢の体験により伝わってきたものを箇条書きします。中には、これまでの私は「そうではないだろう」と考えていたものも含まれており、今自分がこれを書いている事自体、ちょっと驚きでもあります。

・地球は三次元世界ではない。三次元という世界の中に地球が存在しているのではなく、全次元の中に地球があり、認識できる次元で自分のいる次元が変わるのであり、地球もそれ以上の次元の世界も、同じところにある。

・全ての魂は一つである。様々な次元において様々な形態を取り交流しているが、段階であり、優劣はなく、そして一つの魂の経験は全ての魂の経験であり、全ての魂の経験は、あなた自身の経験である。あなたが経験したことの全てが魂(宇宙)全体の経験になる。全ての魂とその経験は、皆全く平等に、全く一様に、尊いものである。
あなたが認識している、あなた、私、彼、あの人・・・全ては一つの意識である。あなたは、彼であり、神である。彼は、あなたである。
(客観的な「神」はいないのか、という疑問については、また下の方で関係してくるかと思います)

・世の中にある全ての出来事は、理由があって、起きることが想定されていたものである。それと同時に、あらゆる違った出来事をこれから起こすことができる。想定されてありながら、変更することができ、変更して起きた出来事も想定されたことである。無限の相互干渉によって、今この瞬間が存在している。

・自らが選んで今の人生を生きている。今あなたがいる場所や環境はあなたが選んだものであり、例外はない。神なる存在がひとつの魂を選び、ひとつの魂だけが特別な使命を要されることもない。自分のレベルや意図に反して地球に生まれてしまったというような現象などあり得ないことを知れば、自らが生み出す傲慢さに苦しむこともなくなるだろう。

・地球に生まれたあなたが「地球的概念」を完全に取り払わなければわかりえないことを、無理にしようとする必要はない。あなたは地球を選んで地球に生まれ、地球でできる経験を望んでいるのだから。そもそも、あなたは全てを知っている。

・「創造主」というような表現の、ある一定の意識のある存在が、客観的にこの宇宙を創造したのではない。
注:よって人間が信仰している神はいない、ということも一部宗教にとっては言えるかもしれませんが、真実はもっともっと複雑で壮大で、結果的には「神」と感じ愛に溢れている感じを得た私としては、これをどのような言葉で表現したらよいのかわからないので次へ進みます。

・今のあなたが考えているような宇宙の果てはない。

夢の中で質問したものへの即答→
・この宇宙の中に地球と同じような「感覚や状態で」生きることを選んでいる魂は、地球以外に無数に存在している。無数に。

・宗教、哲学、精神論、そういったものの、「今のあなたが」選ぶものがなんであっても、「死んだ」後のあなたの行く末に関係するということは、全くない。この世を離れた時(地球で言う「死」)、この人生でそのような宗教、哲学、精神論を選択した理由も全てわかることであり、「今あなたが」「地球で」信じているものが「宇宙の真実」であるということではない。今あなたが真実だと信じること、それが今回の人生経験上での真実であるが、それは魂(あなた)にとって常に変化するものである。

・「死ぬ」ということはこの地球で「生きている」時に生まれる概念である。真実としての「死」というものは存在しない。状態が変わるだけである。

・全ての存在は、同じものから作られている。状態が変わるだけである。これも、「死」について言えることと同様である。

だいたい、以上かと思います。
ようやく書けましたが、読んでみると短い(笑)。

これで良かったのか、自分でもよくわかりません。
とにもかくにも、私がこれを書いて今思うことは、本当の敵などはおらず、自分で作り出しているものであり、どんな生き方をしている人であっても、もとは自分であるということ。起きている出来事も、必要だから起きているということ。

愛する人を殺されたり、誰かのせいで体が動かなくなったり人生がめちゃくちゃになったりしている方々にとっては、こんなことは「きれいごと」だと思われるだろうこともわかっています。
私も、愛する人を殺されたら、これらのことは書けないかもしれないという意識もよぎるのですが、それとはまた全く別の次元で「伝えておかなければならない。これをほんの数人の人にしか読まれなかったとしても。」と感じるので、残しておくだけです。

これをどう思われるかというところには、私の意識はフォーカスしないつもりです。

ただ、一つどうしても私の意識で伝えたいこと。
自分の人生、これから生き続けることに恐怖を抱かないでほしい。誰でも死ぬ(地球的に言えば)。どんなに長生きしたとしても、地球に生まれた以上は限りがある肉体の中で選んだ行動をしていきます。ほんの少しの間、この生き方を選び、体験しています。この体験が終わったら、誰しも必ず、別なところへ移動します(ところ、という表現ももう、違う感じがするのですが)。何も心配はいりません。もっと楽になるように伝えるとすれば、「ただそれだけのこと」なんです。今生の人生で終わりではなく、今この瞬間の悩みが、あなた全体を蝕み苦しめ、あなたを大変な状況にし、あなたを殺すこともないし、あなたをとんでもないところに連れて行くというようなことも、ありません。

そして、全ての存在は同じものから出来ているらしいので、あなたに意識がある以上、他の全てのものにも意識があり、あなたが大切にすれば必ずあなたにとって良い存在となるでしょうし、あなたにとって必要ではなくなったと思えばすっかり手放して、必要な人に渡してください。そうすれば、渡されたものも喜びます。

憎めば憎まれる。殺せば、殺される。盗めば、盗まれる。
逆に、愛すれば、愛される。

全ては意識で繋がっていると今は確信しています。

これで、ようやく明晰夢体験、終わります。
クリスマスが過ぎた数時間後、一気にブログにアップすることができました。
皆さん、楽しい年末年始を送れますように!

シリーズ継続中の(笑)第二弾。

いかが12月8の投稿です。

ようやく、明晰夢レポ、書きたいと思います。といっても今はあの体験を「夢」で片付けられないと思っています。確かに「意識」がありました。そしてその「意識」がこれまで感じていたものとは違った形に変性しても、それを意識し続けられていました。
「これで以上」と私がわかった瞬間、その意識からいつもの意識に戻りました。同時に、背中に物理的なベッドの感触が戻ってきました。行って戻ってくるまでの(おそらく物理的ではなく意識の移動だと思いますが)経緯をお伝えしたいと思います。

まず、皆さん「第三の目」ってご存知?スピリチュアル用語ではよく出てくる「サード・アイ」ってやつです(単に英語に言い直しただけ(笑)😆)第三の目は松果体と言われています。どこにあって何でできていて、どうして退化したか、などなど検索すると情報が出てくるので、長くなるのでここは割愛させていただきます。

私は、ご存知の方もFBには多いですが、実は二足のわらじではなく正確に言うと三足のわらじで、10年ほど前から職業としての占い師をしています。物質的な話になりますが、月により、占い師の収入が一番多いこともありました。以前は歌と占いで生計を立て、数年前より、「人間の体」の理解を深めたい欲求にかられ、ボディセラピストを選びました。これはまだ勉強中の新米ですが、選んだ3つのこと全てが、単なる趣味ではなく実質的な仕事に繋がっているということそれ自体にも、感謝を忘れたことはありません。奇跡ではないかとさえ思います。あるいは、カンがいいのか(笑)。

その占いの依頼を受けて仕事をする際、今様々な音源が出ておりますから、ヘミシンクとか、波動を上げる音楽、開眼を促す音楽、などなど、非常にゆったりとした音楽をかけています。その中に、「第三の目を覚醒させる音楽」というものを見つけ、最近それを聞くようになっていたんですね。あ、youtubeです!(笑)

検索すると音楽自体は数限りなくあるのですが、その中でとても気に入った音楽(といってもメロディがあるわけではなく、広漠とした宇宙を表現しているような雰囲気で、ある一定の周波数が隠れているサウンドです)を毎日聴いていました。
ある日、鑑定の報告文を書いている時にふと、「このまま眠りについたら第三の目がなんか感じられるような気がするぅ」と思ったんです。どうしてだかは今はわかりません。もう感覚でしかないですね。きっかけも覚えていません。

で、実際にその日はベッドに入る前から、思い返せばトランス状態に近かったように思います。いつも普通に「さーて、寝よう」と思ってベッドに入る時の感覚とは違い、「横になったら何かが始まる」みたいな、ある種の「構え、心の準備」みたいなものがすでにありました。あのような感覚というのは、これまで生きてきて一度もありません。初です。それが、この体験を夢とは思わない一つの理由でもあります。寝る前から始まっていた。

そして横になりました。ここからです。いやいやびっくりしました。もう一度味わいたい。だけどもうどう頑張ったって、あの感覚を意図的に掴むことはもうできません。
その第三の目を意識するために、目を閉じたら、眉間に意識を集中し始めました。多分一旦は眠りについたのだと思います。しばらく無の状態があった感じがあり、気づいたら、「第三の目が開いていた」と言うのが近いだろうか。この部分でさえ、正確に表現するのは難しいです。
とにかく、まず「第三の目に意識を集中すべく普通に物理的に頑張っている自分」がいたことは確かです。そこからだんだんと感覚が変わっていった、のではなく、一旦意識がなくなり、戻ってきたら、状態がまるで変わっていた、という流れです。「横になって、ちょっとして、気づいたらもう宇宙(笑)」みたいなタイム感です。

変性してからの状態。私は物理的に目を閉じています。それを当然感じています。しかし不思議なことに、同時に、「はっきりと目を開いている」ことも感じられました。「開いている目」は、第三の目と呼ばれる眉間だったか?違いました。私の両目、そのものです。つまり、全くどこも違わない私の2つしかない本当の物理的な目が、閉じており、そして開いている、両方の感覚を同時に完璧に同じレベルで、感じているんです。

私は、自分の両目は閉じていながら(それも感覚として捉えていながら)、眉間にある何かでものを見るのだと思っていました。しかし実際に感じたのは、眉間になにかを感じるとか、何かがあることを知るとかではなく、自分の両目が、ぱっちりと、開いているんですよ、物理的には閉じているのに。うーん!言葉は制約が多すぎる。こういう感覚を表現する新表現はないものだろうか。「同時に全く逆のことを完璧に同じレベルで感じている」という表現にしておきます。

そこで、私は何をしたかというと!
目を開けたんです。物理的な肉体の自分の目を。部屋は暗い。周りの景色は見えました、ちゃんと。後で改めて別途書きますが、私は大人になってからも「不思議の国のアリス症候群」※の症状を時たま発するので、それの一種かとも思ったんです。新たな体験ではありましたが。しかし、物理的な目を開けても、一方の「目を閉じている」感覚は相変わらずあるので、何か「身を任せてみよう」と思い、もう一度目を閉じました。面白いんです。自分の目を閉じていれば、「同じ目」が開いている感覚も持つのに、自分の目を開けると、「同じ目」が閉じている感覚があるんです。もう、どれがどれだか(笑)。

私は冷静でした。不思議だなあと思います。多分、「これから感じる何かは、貴重なものである」とわかっていたんだと思います。
そして、物理的な目を一回開けたけどまた閉じて、しばらくこの「同時的真逆感覚現象」(造語)を楽しんだ後、ゆるやかに私は上昇していきました。

前置きでもかなり長いので、ここで一旦投稿します。続きは今日中なるか😅

※不思議の国のアリス症候群(ふしぎのくにのアリスしょうこうぐん、Alice in Wonderland syndrome、AIWS、アリス症候群)
知覚された外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常とは異なって感じられることを主症状とし、様々な主観的なイメージの変容を引き起こす症候群である。 この症候群の名前は、ルイス・キャロルの児童文学『不思議の国のアリス』で薬を飲んだアリスが大きくなったり小さくなったりするエピソードに因んで、1955年にイギリスの精神科医John Toddにより名付けられた。
典型的な症状は、眼に障害がなく外界が通常と同じように見えていると考えられるにもかかわらず、一方では主観的にそれらが通常よりも極めて小さな、または大きなものになったように感じられたり、ずっと遠く、あるいは近くにあるように感じられたりする。 例えば、子供が自分の母親が自分より小さくなったように感じたり、蚊が数十 cm もあるように見えたりする。 自分の体は逆にそれぞれ大きく、または小さくなったように思うこともある。 外界が小さく感じられるものを小視症、大きく感じられるものを大視症、ひずんで感じられるものを変視症と呼ぶ場合もあるが、これらの呼称は眼底疾患など視覚そのもの障害による症状においても用いられている。
この症状にはさまざまなバリエーションがある。大きさだけでなく色覚についても異常が起こることもあり、例えば自分の母親が緑色に見えたりする。また、この現象は視覚だけでなく時間の感覚に関して類似した現象が起こることもあり、時間の進み方が速くなったり遅くなったりしたように感じる人もいる。 空中を浮遊するような感覚も特徴とし、現実感の喪失や離人症状も現れることがある。 現象は数分で終わることが多いが、何日も継続する場合もある。
Wikipediaより

物凄い夢見た…いつも明晰夢を書き綴っているけれど、今回の夢は興奮しすぎてまだ書けないくらい。夢だったのかあれは??実際行ったのではないか?と思うほどだ。
体の感覚がまだある。
言葉がまとまったら書きます。思い出しただけでも心臓がドキドキする。

↑が12月6日にFBに投稿したものです。

続いて次の日の12月7日投稿

今は、「仮に」の話だけど、地球上の人すべてが、他人の幸せを喜べたら、地球ですべての人の幸せと世界の平和が実現するだろう。
そんなの今は無理な話かもしれないが、私はそういう感覚を持つ(無理なくその感覚になることのできる)空間へ行き、実際にその感覚を体験してきたと思う。
それはそれは、素晴らしいものだった。まだ言葉がまとまらないので(かなり難しいことを言われたので)昨日見た明晰夢のレポート(笑)は、もうしばらくかかりそう!

12月7日夜投稿

夢レポ、まだです。しかし、あれは夢ではないなと今は思うので、単なる夢の報告ではないような気がしてきました。そのため、作文は苦ではなくどちらかいうと好きな私でも、語弊のないよう伝えるべく、まとめています。何回かに分けるかもしれません。

誤解のないようにお伝えしておきますが、私は「自分だけ神から特別に選ばれた」などとカケラも思っていません。思った時点で、スピリチュアルではない。この矛盾に気づいている方は目覚めています。皆神の子なので、自分だけ特別ということではないし、優越感がどれほどスピリチュアルから遠いものか。

あの体験は、何度もするものではないと思う。私は普通の人間だから、あの貴重な体験をこの先また体験することなんてない可能性が高いからこそ、このままスルーしないで記録に残しておいた方がいい、と純粋に思うだけです。
なんせ、まだです。アウトプットの能力が低いことに凹む(笑)。

という感じで、ものすごい夢見た!と報告してから、いつもの夢報告とは違ってなかなか内容を書けないでいました(笑)。

続く

俳優の故・蟹江敬三さんが、上下白い服を着て自転車に乗って私を追いかけてきて、私に追いついたら、何か語りかけた夢を見ました。
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でも肝心の内容が思い出せず、ずっと気になっていたんです。
蟹江敬三さんは確かに好きだった俳優の一人です。が、今日の今日まで、何らかのきっかけで蟹江さんを思い出したことはなかったので不思議でした。

で、言われたことを思い出したのか。
まだ思い出せません(笑)。

何か大事なことを言われた気がするのに!

テレビで見たような、とつとつとした、そしてとても暖かい言い方だったと思います。

改めて、カッコいい役者だったなと。しかしどうして突然出てきたんだろう。それもチャリに乗って(笑)。
霊界には車はないのかな(エコ)。

湿気がすごくて髪の毛はまとまらず。
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FBのコメントの返信として書いたことがたくさんあるのですが、夢の中で話した時、世の中としてはもっと生きていてほしかったとの感想がたくさんありますけれど、御本人はこの世を離れ、今霊界にいることが「自分にとって納得の状況」で、今いる世界を楽しんでいるような、「自分にとって当たり前の世界」にいるような、そんな感覚が伝わってきたのが不思議でした。面識がないのに本当に不思議です。

今朝ものすごい夢を見たから書いておきます。

地球が滅亡するまであと30分。しかし人類は私を含めた4人だけを残し既に滅亡。4人は全員初対面。偶然その辺で出会い、もうこの4人以外地球には誰もいない、という認識を私はしていました。人類がいなくなった理由はわからないのだけど、次に起きる出来事は「地球が何らかの理由で消滅する」ということだと私達は知っています。

男女比率は覚えていないが(全員顔がぼんやりしていた)一人の男性が小さな小瓶を出して言いました。
「これ、自殺の薬。あと30分でどうせ死ぬけど、地球の滅亡と同時に死ぬ場合、どんな死に方するかわからないから、それが怖い人はこれで先に自殺するのがいいと思う。さほど苦しくはない。でも、46億年も存在したこの地球がついになくなる様子を、最後の人類としてこの目で見ておきたい人は、あと30分待ってればいい。」

私はそれを聞いた後、地球が滅亡する様子を確認したいというよりも、今まだ普通にあるこの地球の様子を最後に見たくて、黙って立ち上がり外に出ました。で、その辺に放置された車に乗ります。エンジンをかけたらすぐにかかって、適当に走り出しました。
人っ子一人、車一台いない道路を走って、突き当りに着いた時「左に曲がりたいな」と思ったのだけど、右への一方通行の道路標識があったので、仕方ないなと思いながら右折しました。
と同時にすぐ「人類がもういないというのに、道路標識守るなんてあたしゃアホか(笑)」と一人で笑いました。

戻ってきて、男性に言いました。「私は滅亡を見届ける方を選ぶ。焼死するのか、落石で死ぬのか、津波で溺れて死ぬのか、わからないけど、地球に任せるわ。」と。

男性の返事は覚えていません。何も言わなかったかもしれない。

さて、いよいよ地球滅亡まであと数分となりました。

なんと、ここで目が覚めてしまったんです。

どうしてここで目が覚めるか!と起きた時には思ったけれども、ここで終わるのにも理由があるのか。よくわからないが、何しろ久しぶりの印象的な夢でした。

ヨーロッパのとある教会で、心霊写真が撮影された。顔と体が分離されたその意味は…!


嘘でーす!
よく見ると(見なくても)私です(笑)。仕事で聖歌隊のガウンを着た写真を撮るのが必要になり、私がモデルになって父が撮影、パソコンでプリントアウトしたらこうなりました。
なんでこうなるの?!
わからん!(≧∇≦)この時意識はちゃんとありましたから(笑)。