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歌手・ボイストレーナー・ボディセラピスト水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
「深く反省しています」

言葉というものは、思っていないことも言えるし、こうでありたい自分を、今そうであるかのように言うことも出来るし、自分をよく知らない人に対して自分を良く見せるために飾って書くこともできるし、もしくは自分はこうだと本気で思っているが周囲は全く思っていないことを本気で痛々しく(笑)書くこともできます。

言葉では何とでも言えるし、SNSには言葉が溢れています。
誰でも何でも書ける(言える)時代になった今思うことは、SNSでの反応ではなく実際にお付き合いがある人の反応が、その人に対する本物の反応であり、SNSとリアルでの人付き合いに大きなギャップがある、テレビで発言した謝罪の言葉に対する世間の反応が反感ばかりである、このような時、発信者には多大な問題と矛盾があるということ。

言葉でどんなことを並べ連ねようとも、事前に考えて書かれた言葉やテレビで言った言葉だけでは信用しない。
その人の人格・本性は、事前に考えて書かれた言葉よりも実際の行動や態度や顔や、ちょっとしたしぐさ、目の前にいる人にポロっと言ったほんのちょっとの発言に現れるからです。


私を全く知らない人は、私が本当にこう思っているのか、この文章からだけでは判断のしようがないということも言える。
だから日々の行動が本当に大切だということです。自戒のために、書いておく。

@社会問題を見ていて感じること
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母から「ローマ教皇が大学に来るよ!」とLINE貰っていました。大学発信の記事を見ると、現役の学生のみ入場可能だったのかなと思いましたが、どうだったのかな。

https://www.sophia.ac.jp/jpn/news/PR/1015papalvisit.html?fbclid=IwAR3gTtLE40krOOF02DEZFnTpPx22mzLBJmCB8uwC4icQzVz_-eOEim2RbCE

テレビではキャンパス内が映ったのでそれが懐かしくて教皇の周りをガン見したという不届き者をお許しください😅

父は牧師ですが、両親の後押しもあってイエズス会が設立した上智大学に入学して、プロテスタントとカトリックの両方に触れる若い時代を過ごしました。
私自身は特定の宗教に入信せず色んな宗教に満遍なく平等な精神で接してきたと思います。
大学時代は本当に楽しかった。今でも、「これまでの人生の中でベスト3に入る最高の時期」と言えると思います。そのくらい、上智大学での4年間は、世界の宗教含め多くのことに触れ、全国の出身者、色んな国の人達に触れ、色んな世代と関わり、時に神父に泣きついて人生相談し、友達と朝まで語り合って、たくさん勉強してたくさん遊んで、純粋に「最高」でした。

上智大学に通わせてくれた両親に、心底感謝しています。

そんな中、私は大学の外での人間関係もかなり多かったので、上智の学生だと伝えただけで、バイト先、サークル、パーティなどで知り合った同世代の人から宗教の勧誘がかなりありました。キリスト教の他宗派もあったし、キリスト教以外もありました。
多くの人が経験する(するのかな?)色んな宗教からの強烈な勧誘を、時にはのらりくらり、時には論破し、洗脳的なカルト宗教との一触即発も何度かくぐり抜けながら40代を迎えました。そして神道の家に嫁入りました。

イエズス会はダメ!この宗教に入らないと幸せは訪れない!君は危ない!と迫るカルト宗教信者に対して、それなら地球の99.99%の人はあなたより不幸のはずだが、少なくとも私はあなたのように人間関係で全く揉めていないし、お金にも困っていないし、トップから無理矢理なノルマに苦しめられていることもないし、隣でコーヒー飲んでるあの外国人カップルも幸せそうに見えるけど、あの人にも私の後勧誘するんですよね?今この喫茶店にいるお客の1/3は外国人です。英語できますか?大変ですね💦と言いました。

その宗教は、これから10年のうちに地球人のほとんどはその宗教に入るのだと言っていました。それが叶わないと、滅亡するという、いわゆる終末論に洗脳されていました。
あれから30年近く経ちました。

まあ、若い頃は結構やり合ってきましたが、今は、どんな宗教を信仰していようとも、自分と自分に関わる人が幸せで、人を苦しめたり蔑んだり憎んだりせず、自分の宗教以外の人を受け入れ穏やかな心を持てるなら、その人にとってとても良いものだろうと思っています。

ローマ教皇のお話は、ニュースやネットで拝見しましたが、とても良かったです。
(ここで都市伝説ジャンルに入る、部分的に事実でもある、聖職者や宗教の、とても良いとは言えない大変な歴史や現状については触れません。ネット社会になり広まってきたので、テレビで報道されていない事実が本当はたくさんあることが知られるようになりました。が、色んな側面から、ニュースやネットを見て自分なりに感じようと思っています。)

さて!本日11月5日でありますが、1ヶ月ブログが空いてしまい久し振りの更新なので1ヶ月前のことから更新して開始します(^^;)。

10月後半から通信制限がかかってしまいネット関連ほとんどなにも出来なくなってしまい、仕事にかなり支障が出てしまった上に、ようやく通信制限が解除されたと思ったらPCのキーボードが壊れ、使いものにならなくなったのでそこから数日間PC関連は作業出来ず、今日11月5日にようやく通常に戻りました。

長かった。ネットが使えないとどれだけ影響が出るのか実感したので、環境を改善する良い機会にもなりました。

ではここから、通常のブログ更新再開いたします!

ハリーとノアの魔法のランプ。今回も様々なびっくり話で、私の頭の中では何が嘘で何が本当か一層わからなくなっている状態になっています(笑)。
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人口問題と食糧問題をネットで調べると、地球人口の嘘についての情報は全く見つけられなかったものの、「人口が増え続けることによる食糧危機」が相当のフェイクニュースであるという、つまり「人口増加は本当、食糧危機が嘘」という研究は多く見つかりました。
この説を正しいとするためのデータではなく、食料の産出量、食料の価格、配分などの純粋なデータで、比較すると人口が増えたことによって食料危機が起きているとは全く言えない現状であるという結論です。

この研究は、逆に「そもそも地球には77億人いない」という今日のハリーさんの話で見ると、別な見方もできます。

二酸化炭素排出による温暖化を主張して大騒ぎをする側と、二酸化炭素排出による温暖化はないとほぼ結論が出ている多くの科学者の意見は180度真逆にいるし、人口問題も実は正確な情報ではないかもしれず。

ラジェンドラ・パチャウリ氏という人がCO2温暖化説を主張してノーベル平和賞を受賞したけれど(科学的根拠がないので平和賞にとどまった)、温室効果ガス(CO2)の排出権取引で莫大な利益を得る銀行の顧問をつとめ、この取引で生み出される資金を、自身が理事長・所長をつとめる「エネルギー資源研究所」に振り込ませていたことが2010年に発覚しましたし、その他様々な方面から、二酸化炭素排出による温暖化説は相当根深い利権が関わっていることも、多くの人が知ることとなっています。

人口問題で嘘(実際より多い人数)を発表するのも、利権と関係しているならばあり得ないことではないかなと思いますが、なんにせよ今回話されたハリーさんの主張と私の疑問など詳細は後ほどアップされる当番組をご覧ください。

反対意見を聞くこと、議論をすること、疑問を持つこと、これが大事だと思うので、「絶対おかしなこと言ってる!」と思う方も、いらしてくださると嬉しいですよ!

この日初めて、公表されている地球人口を疑うという意識を持ちました。。
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ご来場の皆さま、ありがとうございました❣️
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以下の投稿をFBにしました。

私最近すごく疑問に思っていることがあるんですが、回答できる方がいらしたらぜひ教えてください。

宇宙のことです。地球は自転していて、太陽の周りを公転しています。「待て、そこから違う」と言う陰謀論の方もいるんですが、私はそう思っているのでひとまずそーゆーことにしといてください😁
この時点で(自転じゃなくて時点(笑))宇宙から客観的に見れば、例えば昨日の9時にいた「空間」と、今日の9時にいる「空間」は別なところだと言えますよね。私達は生まれてから死ぬまで地球上にいるから、昨日いる部屋と今日いる部屋は全く同じですが、地球を外から、銀河も見えるような外から見たら、実際には別な空間でこのPCを打っている、と私は思って生きてきました。

でね。多くの人はもしかしたら、「我々は確かに動いているけど、固定されていて動かない太陽と、周る惑星」という太陽系をイメージしているかもしれません。しかしこの太陽を中心として惑星が一定軌道上を動き回っている太陽系全体が、日々移動しています。つまり、移動する太陽に対して、惑星は公転軌道を変えずに周り、一緒に移動している。俯瞰で見ると、走りゆく親に子供がくっついて回りながら走って追いかけているようなイメージです。

太陽の移動というのは、太陽は秒速217km(時速781,200km)で、銀河系を公転していることです。太陽自身がこんだけ猛スピードで動いていて、惑星もそれに付いていきながら公転している、ということなんです。よね?天文学者の方!😅 それを想像するとエライ動きですよ。

つまりです。自分の自転と公転のことだけを考えても明らかにさっきとは遥かに遠い場所にいることになるのに、それ以上に「太陽が銀河系を公転している」そしてさらに宇宙は膨張していて、秒速どのくらいかちょっとわからないが(今調べるの面倒(笑))ものすごいスピードで、銀河系自身も遠く遠く移動しているのだから、もはやさっき居た空間と今いる空間はどんだけ違う場所なのか、見当もつきません。

私達は全く感知できないけど、空の写真を同じ場所から撮ります。自分は同じ場所にいるけど、カメラを向けているその先は、昨日とは全く違う空間である、ということですね。その距離たるや、ちょっとやそっとのものではありません。とにかく、全然違う場所の写真を撮っている、ということです。

でね。ここまでが「私達の空間の移動」についての説明で、次が本題です。
上記のことをわかった時にふと思いました。

タイムトラベルについてです。タイムトラベルができるのかできないのかという議論じゃなくて、もしタイムトラベルする(した)としての話。
今日2019年8月31日の1時に、20年前の8月31日にタイムトラベルするために時を設定します。出発しました!

わーーーーーー!ドン!

あれーっ!何もない!空間!地球どこ!立つとこない!やばい!てことになりませんかね?(笑)

上記のことを踏まえればおわかりいただけるかと思うのだけど、宇宙的に日付なんか適用されるかわからないが、私達の言う20年前の今日、「今と同じ場所に地球は存在しない」ことは確実です。

だから、20年前の日付だけ設定して戻ったって、今この瞬間に地球がある場所の20年前に戻ることになるんでしょう? なら、行っても地球はそこにないじゃないですか。親が生まれる前に行ってみたらどうのこうの、の前に、そもそもその時代に地球がどこにあったのかさえわからないじゃないですか〜。

でもあるいは、タイムトラベルで日付を設定した時点で、「その時地球がある場所」に空間移動する設定になるのかどうか。

どうなんでしょうか?私は馬鹿ですか?それともよく気がつきましたか?(笑)

所詮「もしも」の話で机上の空論ですが、天文学者や物理学者の皆さんにもタイムトラベルについて真剣に考えて理論を展開している人も多いです。でも、このことについてはなかなか発見することができません。

今日見ている空は、もう今日だけ。明日は私達は全く違う宇宙空間にいる。だから、今日見たものと全く同じ空間の空は二度と見れない。二度と行けない。星はいつも同じものが見えてますよね。もちろん全部一緒に移動しているから突然消える星はないわけですが、空間は移動している。

こういうことを考えると、例えば占いで言う「方位」とか「日付による運気の差」というのが、逆にピンと来なくなるんです。そもそも人間という人間が全員毎日エッライ勢いで宇宙空間を移動しているから、私が明日、東京から西に向かおうが東に向かおうが、そのミクロ移動によって自分の運気が上がったり下がったりするものか?という、新たな疑問も出てくるわけです。
占い師の皆様すみません😅決して批判をするつもりはありません。

宇宙について知れば知るほど、謎が深まり、考えなきゃよかったと思うこともあります(笑)。
以上です。

ちょっと何言ってるかわからない、という方は無理にいいねしなくていいですからね😆

以上を投稿。そして多くの方から様々なコメントをいただいて、大変勉強になりました!

8月6日にFBにアップした記事です。

ーーーーー

先日何気なくテレビを見ていたら、高校生がVRという技術を利用して、広島の原爆投下前の景色と投下後の景色を体感できる装置を作ったという特集番組をやっていました。
メガネをかけると、実際その場にいるような体験ができるようで、歩きながら見る投下前の街の風景は私も初めて目にしました。原爆ドームも元々の姿で当時の様子をリアルに再現しています。
商店が並んでいる賑やかな道、郵便局があったりして中に入ることも出来ます。

そして爆心地では、上空がどうなったのか当時を覚えている方々に事細かにヒアリングして再現したそうです。
爆撃機がこっちに向かってきました。見上げて見ていると、眩しい閃光で真っ白になります。その後、一瞬のうちに自分の周りは爆撃後の風景に変わります。
涙が溢れる。

爆撃前
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爆撃後
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自分のいるところに原爆が投下されるなんてどれほどの恐怖か、想像すればすぐにでも体感できるはずだけれど、VRによる体験は、テレビを通してでも衝撃でした。このような技術によって、戦争がいかに酷いものかを体感できることが戦争をなくしていく助けになれば、科学技術の進歩も素晴らしいものだと思います。

二度とこのようなことを起こしてはいけないと思います。

どの国も、他国を攻撃し攻撃され多くの犠牲者を出すという歴史を繰り返して来ました。どこへ旅行に行こうと、戦争の跡、内戦の跡、至る所にあります。

その中で日本は原爆を投下された唯一の国。アメリカっつーのはなんてことをしてくれたんだ、絶対謝らないよな、謝るつもりなど微塵もないらしい。そんな気持ちは、アメリカの曲を歌っている私も思っています。
原爆投下によって早く戦争を終わらせたというアメリカ政府の考え方は、支持者は減っているもののいまだ確実に多くの人に支持されているという記事も読んだことがあります。

また、当時、爆撃前に実験段階で多くのアメリカ兵も被爆して死亡しています。

あんなことが日本で起きて、毎年黙祷を捧げてもう70年にもなるというのに、核廃絶には至らない。

市街地に原爆が投下されたのは日本だけですが、例えば中国では核実験によってウイグル地区の推定100万人の人々が、被爆し死亡しています。今現在も命を取り留めたものの癌や白血病その他被曝による症状でものすごく苦しんでいる人がものすごく多数存在している現実があります。

多分人間って、自分や自分の愛する人が無事なら、その人その国なりの様々な理由で、相手をやっつけることを正当化して、やっちゃうんですね。自分がされたら地獄の苦しみを味わうことを、なぜか他人には出来てしまうという不思議な生き物だと思います。

世の中の無数の残虐行為が、国と国の忖度とかで隠されていたりするので知られていないこともたくさんあると思います。

人類の歴史に色々思うことはとめどなくありますが、長くなるのでこの辺りにします。

黙祷。

(割と長い文章です)最近タイムラインに書き込みが減っているので、「瞑想でもしているのか?」と友人からメールがあり、「君の質問も面白いが、瞑想ではない、沈黙している」と送ったら、「それはそれで面白いんだけど(笑)、瞑想ではなく沈黙が、日本人には合っているという記事があるよ」と教えられ、私も繋がっている方だったので、読んで納得、そしてタイムリーだったので驚き。

私は動的な音楽とは正反対の静的仕事の顔があり占い師とライターなので、決して暇をしているわけではないのですがかなり静かな時間を過ごすことも大変多くあります。
占いでは毎日たくさんの方にこの先も生き続ける勇気を付けられるよう文章を送ります。とても丁寧に文章を書いているつもりです。

私の場合ですが3/11近辺に悩み相談が増えるという傾向が2012年から始まりました。3/10〜11には依頼が多くあって、それらをこなすために3日ほどかかった後、私の鑑定で公開されているものを見た方からまた新しくご依頼があり、3月はこちらの仕事の方も立て込んでいました。有り難いことですが、本当に多くの方が、様々なことで悩み頑張って生きていることを毎日受け止めています。驚かざるを得ない人生を送ってきた方も数知れずおります。それでも、ここまで生きてきた。本当にそれだけでも強い精神力だと、私はその方が今どんなどん底であれ尊敬の念を禁じ得ない。
ただ、他人の悪口をワーワー言う、騒ぎ立てる、自分は悪くなくて全部他人が悪いと怒りに燃えている、自分を良く見せたくて都合のいい解釈の依頼文を送ってくる(読めばこの人がトラブルを招く人だとはすぐわかるものです)、そんな人には厳しくストップをかけることもあります。

話がそれましたがテーマ「沈黙」に戻ります(スティーブン・セガールを忘れてはいけない)。

仕事が終わった後の時間は、黙ってコンサートの準備をし(事務的な作業の方)、黙って本を読み、黙って音楽を聴き、黙って掃除をし、黙って歩き、黙って買い物をし、黙って運動し、黙ってインターネットを見、黙って調べ物をし、黙って勉強する…。

その、一人で黙って何かをやっている時は、ひたすら何かを考えているのではなく各々にある単純な目的があって行動をしているわけですけれど、「自分にとって答えを出さなければならない」ものがある時には、瞑想ではなくむしろそのような日々のやるべきことを黙ってやる静かな日常から答えが出てきます。

休憩タイムとして大好きな映画を見ますが、「相棒」と「科捜研の女」を放送している時に家にいられたら、優先して必ず見ます(笑)(大好きなんです)。しかしそんな楽しみの一つであるテレビ番組からでも、自分にとって知りたいことがある時、解決したいことがある時、自分の将来を真剣に考えている時などには、ふと答えが見つかったりするもので、まさにその問題とは全く関係ないものからヒントを得たりし、周囲から得られる結果というのは全て、自分の内から発するものに関係しているんだろうと思います。ふと見た動画、ふと見たそのへんの景色、ふとすれ違った知らない人からも、大きな結論を思いついたりすることもあります。意味のなさそうなものに意味が出てくるのも自分自身の見る目故なのでしょう。
そして何か大きなことを考えなくてはならない時、あえてそこから離れる、焦点をずらす、ということは、回り道のようで実は良いことだと思います。

まあ私の場合、ずれてることの方が多いですが?(笑)

一人っ子のせいか、一人での過ごし方はとても上手だと自分では思っています。人に会う約束がしばらくない時は、基本的に一人で部屋にこもり一人で過ごすのが本当に好きなのであります。一人でいて暇を持て余すことはまずない。一人で色々やることが大好きで、何ヶ月も誰にも会わなくても「寂しい」と思ったことはありません。実際独身時代に、外出する仕事は全くなく、仕事が立て込み出かけられず、結果在宅だけで経済を回していた一時期があったので、本当に誰にも会わない数ヶ月がありました。

そんなひとりの時間を存分に過ごしたい私も結婚しましたが、夫が帰宅するとそれはそれで、二人の会話は終わりなく続きます。
私の場合、何ヶ月でも誰とも話さず一人で暮らせるお一人様大好き性格と、相手がいればいくらでも話すお喋り性格の極端な二面性を完璧に併せ持っているため、二人なら二人でその時間を楽しみます。

旦那は毎日新たなオヤジギャグを生み出し、たまにヒットもあるので皆に伝えたいと思うものの、書かないでいるともう次の日には全く覚えておらず結構残念。

ところで大したことではありませんが、からだすこやか茶ダブル(メロディが浮かんでしまう)のデザインが、空っぽになってもまだお茶が残っているように見えるので、改善を要求します。
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まだあると思って持った時に空だった時の感覚は悲しいです(笑)。
結局一番訴えたいのはこれだったりする(爆)。

今日10月18日は、2013年ニューヨークに初めて降り立った次の日だと思います。
という本日(というか昨日、NYに着いた日)は、第二の故郷中野を徘徊してました。第一の故郷は福島、第二の故郷は中野、第三の故郷はニューヨークなんです(第三はたった一週間の思い出が中野の7年分くらいある感じなので勝手に決定)。

ちょうど中野に用事が出来たのでそんなことを考えながら仕事を終えて第二の故郷中野の街をウロウロしている間に、ザ・中野!というような雰囲気でもあるような新曲が出て来て、帰宅して作業に取り掛かり、しばらくくすぶっていたのが、中野のおかげで一気に加速!

楽しいことはもちろんたくさん覚えているけど、本当に辛い時期を過ごしていたのも中野でした。なので、嫌なことも思い出します。
でもそれもいい。どうしてかというと、中野にいる間に立ち直ったので、日に日に楽になっていく日々も中野で過ごし、中野は私の人生の落ち込み始めからどん底、そして立ち直りまでを見てくれているからです。

この中野に住んでいる間に、福島のあきばたまみちゃんからニューヨークに行かないかと誘ってくれて、何もかも一旦リセットしたかった私は行くことにしました。
中野からでっかいスーツケースを持って出かける時に管理人さんに「おや、今日はどこへ?」と聞かれ、「ニューヨークです!」とドヤ顔で言ったのも思い出す(笑)。
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そしてたった一週間のNY滞在の経験で私は別人のような考え方を持って帰国しました。本当に感謝の地です。今の私のバカとも言える前向きな性格も、辛かった時期にNYに行って、戻ってきたら中野が別な街のように見えた、というような経験も関係しているのかもしれない。

写真はNYでの写真、マンハッタンの街ではKenji Moriさんが撮ってくれました。思い出します!二人で歩き回ったNY、寒かった〜〜〜(≧▽≦)
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こちらは中野に住んでいる時に終電なのに電車を降りるのを忘れて、高円寺から歩いた時に撮った深夜の中野サンプラザです。
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新曲は12月14日のライブで発表しましょう。前向で、「頑張らない」、そんな口笛を吹きながら中野を歩いているおっさんをイメージした歌を作りました(笑)。

中野は、ニューヨークをイメージして、ブロードウェイもあるしセントラルパークもあります(笑)。

つたない私の意見ノート。ある方から「黒は普段着てはいけない」という話を伺って、それについて記事を書いたことがありましたが、色々考え続けて過ごし、やっぱり私は、黒でも何でも好きな色なら着ていいじゃないかと結論(笑)。

尊敬する美輪明宏さんも「葬儀で着る黒い服を普段から着てはいけない」と言っていますが、尊敬する人の全意見に賛同する、ということでもありません。違う考え方は部分的に必ずあると思います。

PENGUINのファンTシャツがブラックペンギンになったもっとずっと前から、私は「黒い服がいけない」という意見について、さてどうかな?と思っていました。頭から爪先まで全て黒、そして黒しか身に着けない、という人がいたら、それはもうちっと色々な色着たらいいんじゃないかいと思うかもしれませんが(笑)、黒だって意味があって存在している色であり、黒が大好きな人、赤が大好きな人、そんなのは人それぞれ、自由だと思います。

そして服の黒はいけないのに黒髪はいいのか?髪の毛は仕方ない、と言うのであれば、ちょっと詰めが甘い。日本人の基本の髪色は黒だからか、むしろ赤毛や金髪を学校では注意され、「黒にしなさい」とか意味不明な統一を求められる(今は違うのかな?私の時代はそうだった)。
髪の毛に真っ黒を求めておいて、黒の服は着るなというのは明らかな矛盾と感じます。髪は赤いのがだめ、服は黒いのがだめ。これって完全に人間のエゴであり、人間が作り上げた「一見正しそうに見えて、実は何の根拠もないマナー」だと私は思うわけです。

世の中に存在するあらゆる色の中で、この場に合うとか合わないとか、歴史の中で黒が悲しみを表現するようになったというように人間が作り出した価値観は存在しますが、結局は人間の「思惑」の産物であり、黒さんそのものにとっては迷惑な話かもしれない。

葬儀では黒、これは先進国ではそうですが、そうじゃない国もあります。そもそも服のない国もあるぞ。もし「宇宙意識的に」黒はダメだと言うのであれば、地球上にどれだけの文化が存在しているのかわからないで言ってることがバレてしまい、宇宙意識を解くもなにもない。かつての日本、最近まで葬儀で着る色は白でした。

郷に入っては郷に従えですので、マナーは守って生きてはいるが、自分の心情として人として、人に対してやってはいけないと思うことに従っているだけで、食器のマナーも着物のマナーも、それそのもののマナーとしては覚えても、他の国では全く通用しない場合があることを意識することも、広い視野の人間として必要なことだと思います。多種多様な人間がいて、それらがひとつのまとまりとしての宇宙意識になっている、という視野で私は見たいのであります。

黒は、葬儀には着ていく色として「人間に」選ばれているが、集中したい時、気合を入れる時、締まっていこー!という時、とにかく今日は1mmでも痩せて見せたい!という時(笑)、黒を選ぶ人もいるでしょう。

また、私は挙式業で黒スーツを着ますが、それは「めでたく、華やかな主人公を目立たせるため、そしてスタッフが変に目立ってしまわないように」あえて意味のある黒を着ます。
これはいうまでもなくTPOで、黒を着ることで黒の人と派手な色の人の役割分担がしっかり出来上がるわけです。

写真は「黒といえば」のハリウッドスターの写真拝借(≧▽≦)マトリックスでは、やっぱり黒が選ばれて当然と思いました。
ネオがピンクはないだろう(笑)。←これは私という人間の「思惑」(爆)
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