シンガーソングライター水木ノアのすったもんだオフィシャルブログ 
富岡町の様子を2つ更新しました。ここから、俊美さんとの様子を書きます。宇宙人ノア、ロケ。ゲストさんは富岡町出身のアーティスト、渡辺俊美さん。私は初の対面となりました。最後は笑顔で皆とお別れできたので、ツーショットで取れた明るい顔の写真も載せます。
IMG_3754 (1) IMG_3755.jpg

俊美さんの無人になったご実家に行き、中には入れないけれど外から様子を見て、家の前でお話を聞きました。インタビューは辛かったですが、激しい怒りや悲しみの感情を当時感じていた俊美さんは、その後様々な心境の変化や経験を経て、今、前向きに生きていこうとなさっています。
古くからのご友人も集まってきて、その皆さんも交えて話をしながら、富岡町の現状を聞きました。

自分の家がこういうことになったことで感じる感情は、私自身も何度も想像しては泣き、腹を立て、地元福島がこのようなことになってしまったことで私の価値観・生活も本当に変わりました。私の祖父の家は相馬で、津波に流され、親戚の家もどこにあるかわからなくなった現状があります。
そしてここは、津波に加え、もうこの先相当の年月、復旧復興そのものができない状況となりました。富岡町のこの現状を目の当たりにすれば、誰しも涙が溢れてくることは間違いないでしょう。

俊美さんが生まれ育った実家の前で話をしていると、道路を挟んで向かい側の中学校から時間を知らせるベルとアナウンスが流れてきてしばし言葉を失いました。
誰もいない街に、このアナウンスだけは毎日流れ続けているんです。。。
俊美さんは、あまりに学校が近いので仮病で休むこともできなかったと笑いました。

その後、すぐ近くにある夜の森の桜トンネルを歩きます。素晴らしい桜でした。
IMG_3756.jpg

かつては大賑わいだった春のこの日、分断されたバリケードまで向かう間、素晴らしい桜と共に目に入るのは、人っ子一人いない、朽ち果てた家々、乗り捨てられた車、先ほどアップした当時の卵が入ったままの卵自動販売機、除染中の旗、そして、生きた動物は鳥だけです。
少ないように感じましたが、私が目にした鳥は他の街と変わらず、木に止まっていました。

俊美さんは、富岡町に住むご家族との最初の連絡や、避難することになるまでの経緯、防護服を着て最初に富岡町に戻った時のこと、色々と話してくださいました。
そして俊美さんが今後この経験を通してどんな音楽活動をしていこうと思っているか、この先の話もお聞きしました。
IMG_3758.jpg


渡辺俊美さんのご紹介をします。
TOKYO No.1 SOUL SET、アルバム「TRIPLE BARREL」(江戸屋レコーズ/BMG)でメジャーデビュー。1997年には、初開催のFUJI ROCK FESTIVAL に出演しました。
2002年から自身の音楽的好奇心や冒険心を試みる場としてのソロユニット・THE ZOOT16としての活動もスタート。

映画「モテキ」の企画CD、川村カオリ、ジャズボーカリストakiko、土岐麻子、2BACKKA、サイプレス上野とロベルト吉野への楽曲提供など。

2011年4月、山口隆(サンボマスター)・松田晋二(THE BACK HORN)・箭内道彦(風とロック)と共に、福島出身のミュージシャンとクリエーターで2009年に結成されたバンド「猪苗代湖ズ」(BASS担当)として、東日本大震災後、福島県復興支援チャリティーソング「I love you & I need you ふくしま」をリリース。(CD販売利益全額を福島県災害対策本部に寄付)。猪苗代湖ズとして、第62回NHK紅白歌合戦に出場。

渡辺俊美さんのオフィシャルサイトはこちらです。
http://www.watanabetoshimi.com/

心から応援する気持ちで俊美さんと握手をして、静まり返った富岡町を後にしました。車の中から、川の上にある電線に、結構大きな鳥が一羽、微動だにせず止まっている後ろ姿が見えて、全く動かないので、どういう状態なのか確認したかったんですが、見つけただけで詳細を確認することはできなかった。

放送日、改めてお知らせします。
俊美さん、そして俊美さんの仲間の皆さん、本当にありがとうございました。
スポンサーサイト

私の今年しっかり見た初の桜は富岡町の夜の森(よのもり)の桜でした。この桜を見ながら俊美さんから色んな話を聞きました。

避難区域のうち、9〜15時まで立ち入りが許されているところです。
このゲートの向こうは立ち入り禁止区域です。桜の時期、この前で、よくテレビ中継がされますね。
私は初めてこの土地に来ました。
10632633_829196137163559_3668728750611854014_n.jpg

ディレクターの方に聞きました。ここから先が入れない、こっちは入れる、この境は、線量の違いではなく、言ってみれば「キリ」のいいところなんです。ちょうど左側に道路が伸びていますね、これを境にして向こうは立ち入り禁止にしたということでして、ここから先の住民にとっては怒りを覚えることでありましょう。

渡辺俊美さんとのロケ、泣きそうで言葉に詰まりインタビュー大変でした。私は、正直言って、仕事で人にインタビューしたことはほとんどありません。この重大な話を、私のインタビューで世間にちゃんと伝えられるかどうかということも、私の中では緊張していたひとつの理由でもあります。
しかし収録は無事に終わり、俊美さんから色々と話をしてくださって、なかなか普段聞けない話をこの番組で伝えることができるのではないかと思います。

俊美さんとの様子は後で改めて別記事にします。まずは夜の森の風景から。
誰もいないのに桜は見事に咲きました。
644423_829196300496876_396454961508857825_n.jpg 11149317_829196207163552_6155809159355053387_n (1)

桜の剪定は、今もちゃんとされているそうです。

多くはありませんが、他の報道の方々、遠くから花見に来た方、ここの生まれで、今は他に避難していて見に来た方などに会いました。

震災前、この時期多くの人で埋まり、出店がたくさん並んで、大混雑だった場所です。
11020278_829196183830221_3793795586477191696_n (1) 11102668_829196223830217_2690645219449412533_n.jpg 11094723_829196163830223_8241400092103639837_n.jpg

富岡町の様子を書きます。
養鶏場直売のたまご自動販売機。俊美さんに、「卵があの時からずっと入ったままです」と教えてもらって近づいてみました。
1908158_829238657159307_4378224103505536149_n.jpg

色々な状態だったのですが、おおむね割れており、出てきた中身も腐敗が過ぎ、土のようになっていました。誰も開けず、今もまだあの日の朝入れた卵がここにあり続けています。
10930905_829238670492639_7848580311635003852_n.jpg

そしてこれらの卵を産んだ鶏たちは…。もちろん、姿を見ることはありませんでした。

4年前の、生徒さんたちの合格記録だろう。学習塾です。一台、自転車が放置してあります。夕方からは賑やかに生徒さんたちが行き来していたんだろうなと想像しました。
11075039_829238687159304_6450458129459435349_n.jpg

このように除染中の家屋には足場が組まれています。しかしまだ手付かずの家が多くあり、俊美さんのご実家に行ったのですが、まだ除染前でした(足場もこれから)。
1926826_829238723825967_8034462787330959634_n.jpg 11149483_829241007159072_1709477622842228694_n.jpg

「線量が高いので入れないね」と、ご実家を敷地の外から見つめる俊美さん。心中察してあまりあるものがあり、言葉が出てきません。
二階が崩れ、窓が開いているので吹きさらしでした。一階は、俊美さんのお母さんが干したままの洗濯物がガラス越しに見えました。

俊美さんの地元の仲間が数人いらして、色々説明してくれました。夜の森の桜のトンネルや、このあたり一帯の道路は除染がされている。
しかし家屋についてはまだのところがたくさん残っています。
一軒一軒、水を使わず、拭き掃除の要領で除染をしていっているとのことです。

本当に時は止まったままでした。復興開始に少なくとも20年か・・・

震災の年に、相馬市役所にウクレレを110台、Facebookで呼びかけて集まった寄付金15万円をお送りしたことで、半年に一度ほど、相馬市から復興の経過報告書が届くようになりました。
先月末第4号が届きました。
ここにたくさんの、相馬市で行われたイベントや復興支援、復興の現状など書いてあり、今回はこの中のブータン王国と相馬市のやり取りから、ブータン王国について書いてみようと思います。

ブータンという国は経済的には世界でもかなり貧しい国で、GDPはかなり低い。しかし国民が幸せを感じている度合い「国民総幸福量」(GNH)をブータン王国は提唱し、それを世界で調査したところ、9位という驚きの結果が出ました。経済的には最貧と言われている国の国民の幸福量が9位とは、色々考えさせられる結果ですよね。

http://matome.naver.jp/m/odai/2138941800798645701/2138942466502264103
データだけで全てがわかるわけではないけれど、ちなみに日本は2013年データですがGDPが3位、GNHが125位。

チベットの高僧が統一した仏教国家で、仕事を持っている人の9割が農民で多くの国民が自給自足をしているそうです。教育はとても大切なので無料。

そのブータンの国王と奥様が日本を訪問した時に相馬市へもいらして、災害で大変なのに、心温まるおもてなしに感動したという話を聞いていました。その後相馬市が復興の報告をお送りしたところ国王から返信が来たとのことのことです。


GNHを調査する対象に、紛争が起きている地域は入りません。調べなくてもわかる。幸せだと思っているはずがないし、そんなことを調べている場合ではないか。
今に始まったことではないけれど、最近は日本人も無惨に殺害され、本当に悲しいことだと思っています。
政治的なことは専門家じゃないし下手に発言はできないが、少なくとも一つの星の中でこんなにも状況の違う国が存在することの不思議さや意味、課題など、色々考えさせられました。

平和に暮らしていたのに突然の災害で苦しい状況に追い込まれ、生き残った人達で必死の復興をしている地域もあれば、自ら戦争を起こして自ら人を殺す地域もいる。
それらの現実に悲しみ、祈り、手を差し伸べる国もある。

ブータンの国旗は竜。


デイサービス新富町シルヴァーウィングでのコンサート無事終わりました!
10349959_771189919630848_1736388635619896650_n.jpg

2014慰問ライブ納め。関係者の皆さん本当にお世話になりました。そして高齢者の皆様とたくさんの交流ができた今年一年、色んなことを学べました。高齢者の皆様は、たくさんの人生経験を積んで今がある。広くて深い心に触れて、私も大きな器になろうと何度も自分に気づかせてくれた慰問ライブでした。

10891593_771190052964168_3223766259667935759_n.jpg 10550864_763686233720624_6436866914348433061_n.jpg

皆さんありがとう^_^
ひとまず、大量にシャッター押してもらった中から、あまり変じゃない写真選別(笑)
10686841_771189959630844_7043054204868331532_n.jpg 10881672_763686313720616_6923360058650499576_n.jpg 10388061_771190016297505_5683994049713591423_n.jpg

来年も慰問ライブは続けていきたいと思っています。ちひろ君はこの1年で昭和の古い名曲のレパートリーが相当増えたように思います。私も頑張ろうーー!
10246420_763686287053952_2257018475786203221_n.jpg 14328_763686260387288_7135710259127454950_n.jpg

本日10月18日。昨日のうちに書いておきたいことがありましたが、Spiritosphereで長文を書く時間がなく、一日遅れで、今日書こうと思います。
昨日は10月17日。昨年、人生初のNYへと単身飛行機に乗った日です。
10635903_705267209556453_7452616763042851734_n.jpg

今回出したCDのジャケ・歌詞ページに使った写真は、そのNYで現地時間の10月18日(日本での明日)Kenji Moriさんに撮影してもらったものです。私事で恐縮な話ですが、とても感慨深く思います。

NYには何の為に行ったか?それはNY Block Fair福島祭に参加するためでした。
1454955_554738214609354_1476959758_n.jpg

初めて海外から福島を思い、海外で福島に触れた貴重な体験です。その上[未来あるかぎり]は、私の音楽人生上初めて海外で歌ったオリジナル曲です。ブルックリンの小学校で歌いました。
そして当時NYに住んでいた森さんとの撮影。NYでの写真をCDに使うことは行く前から決めていたし、私としては、帰国したらもう早急にCDリリースするつもりでした。
10675678_705300469553127_3130867598600078493_n.jpg

しかしそう簡単にはいかなかった(前記事ご参照)。あれよあれよと日が経つうち、今春、タートルカンパニーに所属しました。またどんどん日は経ち、イベント山口敏太郎祭7で歌うことになって、その日リリースという日程を事務所で決めた日がどうやらその「時」。1年完全に止まっていたことが10日で一気に片付いてしまいました。その10日間というのは、これまでサボっていたことのペナルティかのように、えらいことになりましたけれども。

話にのぼってすぐレコーディング、 歌い直しをほとんどしていないので、「今なら歌える」と思った感覚のままの声で残せたと思います。あんなに歌えなかったのに。。。
ジャケットの仕上げ作業、盤面製作も急ピッチで進行しました。

リリースは山口敏太郎祭7の10月13日でしたが、ネット注文のお客様方に初めて第一弾を発送したのが昨日。同封の手紙の最後に日付を書く時、気づきました。
「NYに向かった日だ。。。」。
意図したわけではなくちょうど一年後に初のCD発送。このジャケットを見ながら「これまでの出来事は全て、意味があって起きており、繋がっている。」それを改めて感じた瞬間でした。
小さい話なんですけれど、そんなことを思うことができたCDです。

ここで、
福島の皆さん
これまでライブ会場で[未来あるかぎり]を聴いてくださった多くのお客様と、演奏してくれたたくさんのミュージシャンの皆さん
CD化の背中を押してくれた仮設住宅の皆さん
NY Block Fair福島祭 関係者全ての皆さん
短期間で作業をしてくださったタートルカンパニーの皆さん

へ心から感謝申し上げ、以下数名の皆様は具体的にお名前を挙げさせていただきます。

NY行きのみならず歌う機会まで与えてくれたあきばたまみちゃん、NYのとどろきさん
素敵なジャケット写真を撮ってくれたカメラマン森さん
カップリング曲[ふるさとへ帰ろう]の素晴らしい編曲と演奏をしてくれた高橋マコトさん、ジョニー
構想だけだった時にプロの目線でアドバイスくださった元ソニーの稲葉瀧文さん
歌詞に関して的を得たご指摘をくれた藤井 マサユキさん
福島でのレコーディングをして下さったマルチラインの弁慶と牛若丸さん
とにかく無理難題を引き受けてくれた音楽館千野副社長

本当にありがとうございました。
それから、いつも思っているんですがこれを機会に、今日まで私に関係してくれた全ての皆さんに心から感謝いたします。大袈裟かもしれないしいつも言うとうざいが、何かの時に言わないと言いそびれるから!

そして余談ですが、来年の10月17日は宇宙人コンテストin福島第2回の日でもあります。ということで、また10月17日にNYに行く、という縁起担ぎはできない(爆)。とにもかくにも今回のCD、福島×NYです。
未来あるかぎりは、福島の未来だけでなく、地球全体の未来を思って歌いました。
10177501_729401290476378_1177152371368257273_n.jpg

「怪談三国志」に、なんといわきから宇宙人コンテストの実行委員いわき支部長の鈴木さんが駆け付けてくれました!私の新譜CD、一番最初に購入してくれたのは、鈴木さんです。さすが宇宙人コンテスト実行委員っ!!(^o^)
厳しい上司ならここで「それが当たり前だ。」と言うシーン(笑)。
しかし私は上司ではないので( ̄▽ ̄)

本当に感謝です。その他、リリース日に購入してくださった皆様、本当にありがとうございました!!初めてお会いしたお客様がご購入してくださいました。心から、ありがとう!!
10593222_727613663988474_1977597832339872665_n.jpg

山口敏太郎祭 怪談三国志オールナイトイベント7、台風が近づいていたにも関わらずたくさんの御来場、本当にありがとうございました!帰りもまだ台風は来ておらず、この日の夜が東京は荒れましたね。
MCは南部イチヒコさん(中央)でした。
FullSizeRender_20141016150718363.jpg

今回で7回目というこのイベント。どんな雰囲気なのかわからず緊張しながら向かいましたが、なんとか任務完了!
私はここで、考えてみればいわゆるレコ発ライブが出来たのでした。リリースCDの中から1曲だけ歌うというミニライブでしたが、レコ発だったことには変わりない。CD情報は改めてお知らせさせていただきます。
サインはどこにでもします(笑)。こういうイベントの時にというわけでもないだろうけれども、え?ここ?!という場所を指定されるのはある意味楽しいですね。
このイベントで私は持ち歌の他に、オープニングで賛美歌を歌いました。選んだ曲は100番「いけるものすべて」です。

任務の一つだったUFO研究家竹本良氏の動画メッセージを流し、不思議を追究する番組Spiritosphereの宣伝、途中で中沢健さんと共にMCヘルプもやらせていただきました。
出演者どなたも個性的で、オカルト・サブカル界で活躍する方々、音楽やキャラクターや喋りで勝負する方。。たくさんのとても良い出会いと、経験だったと思います。
御来場の皆様ありがとうございました。出演者の皆様お疲れさまです。そして阿佐ヶ谷ロフトのスタッフの皆様、大変お世話になりました。